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馬の「目つき」と、ムードの影響

  馬の馴致・調教メソッドとして知られる「ナチュラル・ホースマンシップ」の普及活動をされているある先生の教えの中で印象に残ったものに、「内面を上げる(下げる)」というような表現がありました。

  馬に何かを要求(提案)する際の、手足や道具による物理的な働きかけ以外の、

顔の表情や声のトーン、動作の大きさや速さといったことによる馬の精神面へのプレッシャーの強度を調整する、というような意味なのですが、

馬がそうした人間の動きに込められた感情とか雰囲気のようなものに敏感に反応するというのことは、なんとなく経験のある方も多いのではないでしょうか。


  馬は、羊やラクダなどと同様に、横長に開いた瞳孔の形と、顔の両端についた眼の位置によって350度もの広い視野を確保することが出来るかわりに、
そのほとんどの範囲を片方の目だけで見ていることになるため、逆に両目を使ってものを立体的に見たり、距離の判別をすることは苦手なのだと言われています。


  馬が人間に怒られたりした時などにすぐに身体の向きを変えて横を向くのも、単眼視の方が見やすいからだと考えられているのだそうで、
さらに、そういうとき、どちらかというと「左眼」でこちらを見るような体勢を取る馬が多いような気がするのにも、科学的な裏付けがあるようです。


ある実験で、馬に様々な感情を表した人間の顔の写真を次々と見せたところ、

馬は表情からその感情を読み取り、怒りの感情を表している表情に対しては横を向いて左目で見ようとするような反応を見せたのだということです。

  馬も人間と同じように、左目からの視覚情報は右脳で処理されるような仕組みになっているため、
身の危険に繋がりかねない否定的な感情を伴った情報刺激を、感情を司る右脳で処理しようとするために、本能的に左目で見ようとするのではないか、と考えられているのです。

  それから、馬たちがそうやって横を向いてこちらを見るときにみせる、こちらを「見下すような」独特の目つきもなんとも印象的だったりしますが、
これにもまた科学的な理由があるようです。

  馬の眼球の直径はおよそ4.5cm、重さも約100gほどと、陸生動物では最大の部類に属すると言われますが、
その形はきれいな球形ではなく、ややゆがんだ形状をしており、それを、ものを見る時の焦点合わせのために利用していることが、
馬たちのあの「見下すような目」の理由になっているようなのです。

 私たち人間は、遠くから近くに目を転じた場合、光を網膜に投影するレンズの役目をしている「水晶体」の厚みを、対象物の距離に合せて瞬時に変えることでピントを合わせています。


  水晶体の厚みは、その周辺をふちどっている「毛様体筋」の収縮と弛緩によって柔軟に変化するのですが、年を取ってくると水晶体の弾力性と毛様体筋の筋力が低下してきて、見たい物に思うように焦点が合わせられなくなる、いわゆる老眼の状態になります。

 馬の水晶体はその眼球同様かなり大きいのですが、それに対して毛様体筋の発達は貧弱で、私たちの老眼に近い状態だと考えられています。

  彼らはそれを補うために、上述した眼球の「ゆがみ」を利用して、遠くを見る時にはあごを引いて上目使いに、近くを見る時には、逆にあごを上げるようにして、ちょうど人間が「遠近両用のめがね」を使っているときのような感じでピントを合わせているらしいのです。


  プイッと横を向いて、顎を上げ、目を見開いてこちらを見下すように睨みつけるような動作は、
彼らにすれば、ただ単にこちらのことを良く見ようとしているだけなのかもしれませんが、

それでもやっぱり、なんとも憎たらしいような印象を私たちに与えるのは、
そこに何かお互いのネガティブな感情の共鳴のようなものがあるからなのでしょう。

  「馬の態度は自分の心の鏡」。
  余計な感情を持ち込まず、自在に「内面の上げ下げ」を行いながら、冷静に接することができるように心がけたいものですね。





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「馬術の稽古法」を研究しています。 書籍出版に向け、サポート頂けましたら大変ありがたいです。