見出し画像

映画「星の子」感想

もう何年前だろう。中学生の時くらいだったか、、、この原作小説を読んだ。
主人公ちひろはイケメン南先生に恋をしていて、授業中密かに似顔絵を描いていた。
しかしある日南先生が怒る。
「授業中俺の似顔絵を描いているやつがいる!!!もう我慢できん!!」

このセリフがあまりにも生々しくてちひろになった気分になっちゃって恥ずかしくて、なぜかずっと覚えていた。

芦田愛菜ちゃんが主演だって言うじゃないですか。
試写会で司会者から「信じるってどう言うことだと思いますか?」
というインタビューを受け、それに対して「信じるとは相手に期待することだと思うんです。」
って真っ直ぐに答える彼女に普通に恋しました。ハイ。

映画の内容もさることながら、私が印象に残ったのは芦田愛菜ちゃんが紛れもなく”中学3年生の女の子”だったこと。

普段のような大人びていて思慮深くて周りが見えている聡明な女性ではなく、
あどけなくてこれから自我が芽生え始める、迷いが多くて面食いで少し幼さが残っている中学生。観ていてハラハラする。

たまげたなあ。

まなちゃんすごいな。
彼女が演じる作品はこれからも追っていきたい。

さてさて、内容だけれども


赤ちゃんの頃ちひろは皮膚が弱く両親は治療のためにいろいろな方法を試していた。
そこで出会ったのが”金星の雫”と言う怪しい宗教が出している水だった。
この水を使えば風邪はひかないし、病気は治るらしい。
水を使い幼いちひろの皮膚は治り、両親はこの宗教の信者になる。

それから宗教にお金を注ぎ込むあまり家は見る間に貧しくなっていき、姉のまーちゃんは耐えられず家を出る。

ちひろは両親の宗教を周囲から反対され、心配した親戚からは家を出るようにアドバイスされる。
友人たちからも怪しいの一点張り。
冒頭のイケメン南先生からは両親を「完全にイカれてやがる」と非難され何が本当なのか、何を信じればいいのかちひろはわからなくなる。

悩んでいるちひろを両親は心配して”金星の雫”を染み込ませたタオルを頭に乗せてあげようとするがちひろは拒否し、誤って水を被ってしまう。
翌日学校で熱を出したちひろは保健室の先生にこう尋ねる
「この水は風邪とかひかないんです。両親も一度も風邪ひいたことないんです。でも、これって風邪ですか?」

ちひろに迷いが生まれる。

宗教の信者の集いに家族3人で参加し、信者や教祖陣と話すこともある。

宗教の中で迷い不安になりながらも周りに合わせてちひろは生活していく。


この作品が伝えたかったこと。
表面だけ受け取ったら「宗教なんて変なものは人生を狂わせる」
なのかな。

でも不思議なことに両親は全く不幸そうに描かれていない。

信じるものがありむしろ幸せそうだった。

私が思ったこと。
「人は自分が普通だ・正常だと思う世界の中で生きていると思い込んでいる。」
「自分が正しいと思う世界を常に選択して生きている。大切な人にはそこから外れて欲しくないと願い、自分の思う正解の世界へと引き込もうとする。」

この作品には二つの世界が描かれている。
一つは大部分の人が暮らす宗教はやめておいた方がいいという考えが主流の社会。
もう一つはちひろの両親が入っている宗教社会。

どちらを自分の”正しい世界”にしてもいい。
ちひろはこれから自分で選択していくんだろうなと思った。

私の高校生の頃の恩師が言っていた言葉を思い出した。
「人は自分が知っている価値観の中でしか物事を判断できない。大きな山の麓だけを見て世界の全てを知った気になっている。」

見上げれば自分が知っていた世界はほんの一部だったことに気づく。
そしてその山の先には海が広がっているかもしれない。

この作品で描かれている二つの世界の住人はそれぞれの山の麓にいるのだろうか。
宗教の世界が山の麓で外の世界か山の上なのだろうか。
はたまた同じ山の裏表の麓なのかもしれない。

この作品は受け取る側に解釈が委ねられているようで、私が持っている価値観の小ささを思い知らされたような心地になった。



この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?