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ハディジャトゥ・・・

どうしてわざわざ名前を言うのか

これは最近ふと思ったことです。
恐らく家族以外にはまったくどうでもいい話です(笑)
しかしいつか、僕と同じように二つの文化の狭間にいた娘が、これを読んで「なるほど、そうかも!」「いや、違うと思う!」とどう思うか知りたいので書き留めておきます。

喋れないときの身振り手振り

妻は数珠を使って祈っていたり(ズィクルと言います)、お願い事の祈り(ドゥアーと言います)をしている時に、そうと知らずに話しかけると、言葉は発せず身振り手振りで答えてくれます。しかしこのジェスチャーが日本人とかなり違うので、毎回その謎解きが楽しくて仕方ありません。

なぜ名前を呼ぶのか

妻は、例えば僕に何かをして欲しい時は、「ユースフ(妻が僕を呼ぶ時の名前)」と言ってからジェスチャーをします。自分のことを説明する時は「ハディジャトゥ」と自分の名前を言ってからジェスチャーをします。
この喋りたくないから身振り手振りをする状況で、どうしてわざわざ名前を口に出すのかずっと不思議でした。

そいういう時に日本人なら自分の人差し指で相手の顔や自分の鼻を指差しますね。トゥアレグは自分の鼻は指さしませんが、自分の胸を指さすジェスチャーをします。しかしそれをしないでわざわざ名前を呼ぶのが疑問でした。

付き合い始めて30年経って初めてこの疑問を妻に投げかけてみました(笑)
「祈っている時に喋っちゃダメでしょう?だったらなぜわざわざ名前を呼ぶの?」
「ユースフやハディジャトゥは、クルアーン(コーラン)の中にある尊い名前だから問題ないのよ」
え・・・
納得できるようなできないような(笑)

しかしその納得できなさが引っかかっていました中で、ひとつ別の理由が思い浮かびました

タマシェク語の動詞の変化

アラビア語同様に非常に古い形を残すタマズィグト(ベルベル)語に属する妻の母語タマシェク語は、動詞が非常に細かく変化します。

タマシェク語の動詞変化の例(拙著『タニスリムト マリ、トンブクトゥ地方方言』から)

上の表のように動詞は
一人称単数形、二人称単数形、三人称単数男性形、三人称単数女性形
一人称複数形、二人称複数男性形、二人称複数女性形、三人称複数男性形、三人称複数女性形
と人称で9つの変化があります。それぞれ、
未完了単純形、未完了強制肯定形、未完了強制否定形
完了単純系、完了強制肯定形、未完了強制否定形
の6つがありますので 9 x 6 = 54の変化があります。その他に
命令法二人称単数、命令法二人称複数男性形、命令法二人称複数女性形
指令法一人称単数形、指令法三人称複数男性形、指令法三人称複数女性形、指令法一人称複数形、指令法三人称複数形
の8つが単純形、強制肯定形、強制比定期の3種類に変化するので 8 x 3 =24の変化があります。
これを合計すると、ひとつの動詞が78の形に変化するわけですwww

余談ですが、未完了形と完了形でまったく単語(音の要素)が異なる動詞もあります。例えば

「私は食べている」→ itattagh(イタッタグ)
「私は食べ終えた」→ ikshagh(イクシャグ)

「彼は起きている」→ okay(オカイ)
「彼は既に起きた」→ inkar(インカル)

なんて奥が深くて楽しい言語なのでしょう!(笑)

話せば動詞だけで主語がわかる

アラビア語もそうですが、動詞の状況がこれだけ変化しますから、動詞の変化だけで主語や動作の状況がかなり明確にわかります。
実際、会話では主語の人称代名詞は多くの場合省かれています。

しかしジェスチャーでは、この78のどれを示すのかさっぱりわかりません。
コンテクストから消去法で、命令法や指令法を省いたり、未完了形か完了形か推測したとしてもなお人称が不明瞭です。
普段、人称が非常に明確な動詞を使っているからこそ、ジェスチャーでそれを示す時に、少しでもそれを明確にしたくなるのではないかと考えました。
いや、対した結論でなくてすみません。ごめんなさい。

拙著『タニスリムト マリ、トンブクトゥ地方方言』の動詞の項

おまけ

今回、これを書くのに35年前にNGOで働きながら書いた拙著を引っ張り出してみたら、以下のような「はじめに」という文章を書いていました。

拙著『タニスリムト マリ、トンブクトゥ地方方言』「はじめに」
拙著『タニスリムト マリ、トンブクトゥ地方方言』「はじめに」の続き

テントの入口

テントの入口は開いておりお前を迎えている。テントが閉じているように見えるのなら、お前が風向きを知らないだけだ。

トゥアレグの箴言

砂漠で生き抜くためには、風について深く学ばないと行けません。匂いや音などの情報は風上から届きます。樹木の風下には、家畜の足跡が残っていたりします。
テントは風上側は閉めて(風が弱く熱い日や夜には開けていることもありますが)、風下側を開けることで中に砂が入らないようにします。テントに入るには風下側に回らないと行けません。

あらためて、妻の話を右の耳から左の耳に聞き流さず、しっかり聞いてトゥアレグの文化をもっと深く学ぼうと思ったのでした。

今回の記事はこちらを結論としておきましょう(笑)

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