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用法が変化しつつある語 -ライター志望者のための耳学問-

※6000字あります。

1. 背景や経緯が消失したケース


[敷居が高い]
 原義:過去に不義理をしていて、その人の家に行きにくい
 現例:高級すぎ、または格式が高すぎ、店に入りにくい、入門しかねる
 コメント:
  ①表字が「自分の不義理」を含んでいない(除外用法の余地)
  ②話者は不義理をしたことを吐露したくない(忌避背景)
  ③様々な場面で、入りにくく、二の足踏む感じを表現したい(需要)
  ④表現を取得する機会が現例寄りになった(実態による誘導)

[逆恨み]
 原義:自分が恨んでいる相手から恨まれること
 現例:いわれの無い恨みを向けられること
 コメント:
  ①表字が「自分の恨み」を含んでいない(除外用法の余地)
  ②いわれの無い恨みに対する自己の憤慨を表現したい(需要)
  ③利害対立があった相手から恨まれるのは当然の経過に見える。
   「間違い」を示唆する「逆」を使う必要がない(低い必要性)
  ④表現を取得する機会が現例寄りになった(実態による誘導)

[逆鱗に触れる]
 原義:目上の人を怒らせる
 現例:平素、落ち着きを保っている人を激しく怒らせる
 コメント:
  ①表字が「目上の人」を含んでいない(除外用法の余地)
  ②年齢で支配/服従の役を決める儒教の時代でない(低い必要性)
  ③げきという音に激、劇を想起する(表現適化の背景)
  ④表現を取得する機会が現例寄りになった(実態による誘導)

[返り討ち] 
 原義:被害者遺族が敵討ちに失敗して、加害者に殺されること
 現例:相手の強さを考慮せず、戦いを挑んで負けること
 コメント:
  ①表字が「被害者」「敵討ち」を含んでいない(除外用法の余地)
  ②相手構わず戦おうとする短慮を表現したい(需要)
  ③「逆討ち」は「逆」に間違いの暗意があってそぐわなかった。
  「やり返す」は攻撃に攻撃を返す状況をうまく表現できている。
  (表現適化の背景)
  ④制度としての敵討ちはすでになく、原義の状況は発生しない。
   時代劇では悪役が「返り討ちにしてくれるわ」と言いながら、
   遺族に殺されるのがお約束。
  ⑤表現を取得する機会が現例寄りになった(実態による誘導)
  参考 https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=459


2. 表字が限定情報を欠いていたために両義化したケース


[確信犯]
 原義:当人は善行と信じているが、触法である犯罪行為(善行を確信)
 現例:触法と知りつつ、事情があって決行した犯罪行為(触法を確信)
 コメント:
  ①表字が何を確信しているのかを含んでいない(独自解釈の余地)
  ②どちらの状況も、それなりの頻度がある。

[役不足]
 原義:本人の高い力量に対して、役職が軽すぎて失礼なこと(役が不足)
 現例:難度の高い職務に対して、力不足が懸念されること(力量が不足)
 コメント:
  ①表字が何の不足かを指定していない(独自解釈の余地)
   (表意文字を組み合わせたときに、てにおはが抜ける特性による)
  ②どちらかといえば力不足を表現したいシーンのほうが多い(需要)
  ③力不足という悪口を避けたくて、難度のせいにしたい(忌避背景)

[悪運が強い]
 原義:悪い行いをしても、報いを受けない(行いが悪い)
 現例:悲惨な状況において、その影響を受けない(状況が悪い)
 コメント:
  ①表字が何が悪いのかを指定していない(独自解釈の余地)
  ②行いの悪さに言及することが憚られる(忌避背景)
  ③被災場面におけるサバイバルの運を表現したい(需要)


3. 古語の用法になじみが薄くなり、両義化したケース


[情けは人のためならず]
 原義:人に情けをかけることは、巡り巡って自分のためになる(善い)
 現例:人に情けをかけることは、結局はその人のためにならない(悪い)
 コメント:
  ①「ならず」をnot onlyとする用法は古語化した。
   現代では、not onlyは「だけではなく」と表記する。
   「ならず」をnot becomeとする用法は表記こそ古語だが
   「ならない」という意味で強引に読める。
  ②「為(ため)」を使うシーンは、
   for own merit(自利)/for young growing(教育)、両方ある。
  ③どちらの状況もそれなりにある。
  ④依存擁護(イネイブル)は近年、啓発が進んでいる心理学の概念。

[気が置けない]
 原義:相手に対して気配りや遠慮をしなくてよい(不要)
 現例:相手に対して気配りや遠慮をしなくてはならない(必要)
 コメント:
  ①気は多義性の言葉で、多様な解釈を許す。
  ②「置けない」を「不要」とする用法は古語。
   現代では「不能」の意味で用いる。
  ③気を使わなくてよい/気を使うという別の語で表現できる。
  ④対人関係を反対の意味にとられかねない語で表現するのは危うい。


4. 用法が表字に寄るケース


[辛党]
 原義:酒を好む人、塩辛いものを好んで肴にする。
 現例:唐辛子など、辛いものを好む人
 コメント:
  原義が優勢だが、100年後どうなるかはわからない。
  酒好き、辛い物好きと表記したほうが無難。

[破天荒]
 原義:誰もなしえなかったことを初めてすること(天井突破)
 現例:豪快で大胆な人物(荒ぶることや規律を破ることも厭わない)
 コメント:
  読み手の解釈で対象のイメージが変わってしまう。
  業績は「前例のない偉業」、人物像は「豪胆な性格」を推奨。

[話のさわり]
 原義:話の要点
 現例:話の導入部分
 コメント:
  ①原義は、演芸において名場面が心の琴線に「触れる」ことから。
  ②現例は、最初のアプローチを「触れる」と表現することから。
  ③ビジネス分野で結論を先にする様式が定着したので、
   要点ケースと導入ケースを二分できそうにない。
   逆にいえば、分別しかねるときに使い勝手がよい。


5. 類語に引っ張られているケース


[煮詰まる] 
 原義:十分な検討が行われ、結論が出る段階に近づく
 現例:討議や検討が行き詰まり、結論が出せなくなる
 コメント:
  ①「行き詰まる」の想起に引っ張られた。
  ②結論が出る段階には「機が熟した」という表現が使われる。
  ③観察する範囲では、現例が優勢。

[失笑する]
 原義:おかしさのあまり吹き出す、笑うことを我慢できなくなる
 現例:情けなさに軽蔑の気持ちが湧く、笑いを忘れるくらい呆れる
 コメント:
  ①「失言」または「失態」の想起に引っ張られた。
  ②観察する範囲では、どちらが優勢ともいえない。

[下世話]
 原義:(公家、武家でない)城下の庶民が口にする世間話
 現例:下品な世間話
 コメント:
  ①「下品」という語に引っ張られた。
  ②庶民を格下に見る特権意識は薄れた。
  ③「下品」と非難的にジャッジする姿勢を避けたい場面がある。
   下品さを容認したい、されたいときの表現で需要がある。
  ④原義での用法を見かけることがない。

[際物(きわもの)]
 原義:特定時期の間際にだけ売れる商品、流行を当て込んだ商品や創作物
 現例:安直で出来が悪いもの、悪趣味なもの
 コメント:
  ①「際どい(きわどい)」の想起に引っ張られた。
  ②商品広告は、よいイメージを付与する目的で行うものであって、
   良くない想起は確実に避けたい。
   原義には「旬の素材」「期間限定商品」などの語を当てる。

[穿った(うがった)見方]
 原義:本質を的確に捉えた見方
 現例:ひねくれた見方
 コメント:
  ①「ゆがんだ」「疑ってかかった」に引っ張られたように見える。
  ②観察する範囲では、現例が優勢。
 参考 https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=152

[潮時]
 原義:物事を「始める」または「終える」のに、ちょうどいい時期
 現例:物事を「終える」のに、ちょうどいい時期
 コメント:
  ①「引き潮」「引き際」の想起に引っ張られた。
  ②潮がどの時期を意味するのか説明してない(独自解釈の余地)
  ③始まりと終わりは、気の持ちようが異なるので区別したい(需要)
  ④始まり側の用法は「好機」、終わり側の用法は「潮時」が担った。
   使い分けを背景として現例が定着しつつあるように見える。

[憮然(ぶぜん)]
 原義:事態を受け止めかね、ぼーっとしている様子、呆れる様子
 現例:立腹を表す表情、態度
 コメント:
  ①「ぶすっとした表情」の想起に引っ張られているかもしれない。
  ②心あらずの表現には「呆然」「唖然」がある。茫然は常用外。
   使い分けを背景として現例が定着しつつあるように見える。  


6. 表現の必要があって関連語を転用したケース


[割愛する] 
 原義:惜しみつつ手放す
 現例:プレゼンテーションにおいて、説明項目を省略する
 コメント:
  プレゼンで項目を盛りきれない状況が多発し、既存語が転用された。

[閲覧する]
 原義:書庫に保全されている学術資料を調査研究のために見せてもらう
 現例:インターネット上にあるページタイプの記事を視る
 コメント:
  オンライン記事の視聴を表す語がなく、既存語が転用された。

[鳥肌が立つ] 
 原義:寒さや恐怖などにより皮膚に鳥肌があらわれる
 現例:深く感動する
 コメント:
  楽曲が盛り上がったときの肌の感覚を表現したい需要があった。

[ぞっとする]
 原義:面白い
 現例:恐ろしい、不気味
 コメント:
  ①嫌悪感をともなう恐怖を表現したい需要があった。
  ②身震いする機会は、面白いときより恐怖のほうが多そうに見える。
  ③面白さを表す語は、各時代で新規に創出されているように見える。


7. 未分類


[世間ずれ]  同音異義
 原義:世間の裏に通じて悪賢くなること(擦れている)
 現例:世の中の考えから外れていること(ズレている)
 コメント:
  擦れの意味は、すれっからしという語でかろうじて維持されている。
  どちらの用法が優勢とも言い難い。

[御の字]  同音意義
 原義:御(お、ご、ぎょ)の字を冠したいほど、素晴らしいこと
 現例:多くを望めない状況における「可」に、天の恩恵を感じること
 コメント:
  ①厳しい状況にあって、良い点に喜びを表現したい需要がある。
  ②「御」の発音は通例「お」「ご」「ぎょ」で、
    御大(おんたい)など、発音しにくいときは「おん」とする。 
  ③現例は、同音の「恩」の意で解釈されているように見える。
 参考:https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=38

[更迭]  使用場面が意味を引っ張った
 原義:そのポストの担当者を代えること(普通の交代)
 現例:難のある者を、重責のポストから追い払うこと(左遷)
 コメント:
  ①起源は官僚用語で、目にする機会は不祥事の報道だった。
  ②形が似ている「送」の字を想起しているように見える。

[姑息]  使用場面が意味を引っ張った
 原義:一時しのぎ、その場しのぎ
 現例:正義のヒーローには想定しえない、悪賢い妙手
 コメント:
  ①創作で、成功を確信していた攻撃が効かなかった場面で使われる。
  「姑息な手」で定型句。
  ②小賢しいを意味する「小癪な」の想起が混じっているように見える。
  ②観察した範囲では、現例の用法が多い。

[やおら/やをら]  どちらも古語
 原義:ゆっくりと、そっと
 現例:急に(やにわに)
 コメント:
  「やおら」も「やにわに」も古語。
  無視しても文意は通じるので、意味を気にする者は少ない。

[元旦]  原義が細かすぎた
 原義:1月1日の朝
 現例:1月1日

[佳境]  
 原義:演劇における物語の名場面
 現例:プロジェクトにおける進行の大詰め(成果出力間近)
 コメント:
  名場面は大団円の直前にくることが多い。
  転じて、成果出力直前の大詰めを指すようになったらしい。
  現場は超多忙で、中の人は佳い境地どころではない。

[恣意的に]  弁えを強要する文化
 原義:自由に、思うままに
 現例:故意に、わざと、慣例や成り行きより本意を上位において
 コメント:
  ①自由以前に、レールから外れること自体が特記事項になる。    
  ②観察した範囲では、現例の用法が多い。

[貴様]
 原義:敬意を込めた二人称
 現例:敵意を込めた二人称
 コメント:
  ①敵対性の発語は印象が強烈で、用法に影響したかもしれない。
  ②古い時代を舞台とした創作では、古義で用いられることがある。


. 誤用の報告はあったが、誤用実態が観察されない語

[おもむろに]
 現例:落ち着いて、ゆっくりと
 誤用報告:急に、いきなり
 コメント:
  「種あかしとして、意味ありげに」の用法を見る。
  物語は急展開するかもしれないが、動作を表現するものではない。

[琴線に触れる]
 現例:良いものや素晴らしいものに触れて感銘を受ける
 誤用報告:相手が気にしていることに言及し、不興を買う
 コメント:
  「気に障る」との混同を疑う。
  誤用したときの不都合が大きいため、誤用を許容できない。

[天地無用]
 現例:上下を逆にしてはいけない(禁止)
 誤用報告:上下は気にしないでよい(配慮不要)
 コメント:
  ①無用を「禁止」とする用法は古語化している。
   ただし、四字熟語なので変更できない。
  ②誤って解釈すると荷物の破損トラブルになりかねない。
   古語として覚えて貰うしか道はないのだろうか。
   「こちらを上に」と書いた矢印にシールを変更した企業がある。


9. 新語


[真逆] まぎゃく、しんぎゃく
 「真向から逆」と「真実と違っていた」の二義を併せ持つ。
 取り組み方において、誤って逆のことをしていたと自省する。
 適切なアプローチは逆だった、逆向きの価値観が重要だったなど。
 近年、書き言葉で出現頻度が上昇している。
 ライトノベルで先行し、オンライン記事全般で見られるようになった。
 口語が起源でないため、読みは定まっていない。

 観察できたシーン、文脈
 ・「真逆」は、「誤認」「間違い」を示唆する。
  「正反対」は、どちらが正しいかを示唆しない。
  例. 正反対の性格を持つ兄弟
 ・通常、他者を論破する意図(反意)を含まない。
  「正反対」には「反対します」にある「反対」の字が含まれる。
  政治の批判シーンで使われているのを見たことはある。
  政策が意図と逆の結果を招きかねないという主張であって、
  真の位置に設定されている対象は自他いずれでもなかった。
 ・攻撃や支配と融合しやすい正義論の「正」を忌避する。
  ある言論人は、真逆という言葉を使用したとき、老人に、
  「そんな語は存在しない」と説教され、嫌な思いをしたと記述した。
  「若僧を攻撃し、正すんだ」という問題行動が多発していなければ、
  ここまで「正」という字が嫌悪されることはなかったかもしれない。
  ハラスメントに対する嫌悪が新語の創出を促す背景がある。 


注:
本記事では、言語研究の視点に基づき、以下の表記を使用した。
 ・一般的な表記: 正/誤
 ・本記事の表記: 原義/現例

本記事に限らず、広く資料を求め、校正者との像合わせに努められたい。
よい原稿を。

(瀬戸 裕紀)


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