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ブービートラップ エピローグ

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

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1.鉄槌
2.ハッカー
3.マスコミ

4.サイバー犯罪対策課
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香
8.ジレンマ/9.報道
10.沈黙

11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い に戻る
エピローグ(このページ)

エピローグ

  今回の一連の事件で、首相の疑惑は晴らされず求心力は著しく低下しいつ辞職に追い込まれるか次の総理になる総裁選挙が取り沙汰され始めていた。国会運営は厳しさを増した。そんな中、国会で薬害法案を見直す空気が強くなった。

  彩乃のブログは、ブログのタイトルと同じ『彩乃のおはなし』として出版され、年が明けて二月二日の土曜に発売されることになった。
 藤田美奈子は、発売当日朝に河出の案内で都心の大手書店を訪れた。河出は、スーツにネクタイ姿だった。美奈子は、驚いた顔をしたのだろう。河出は、「私の一世一代の晴れ姿ですし、彩乃さんの出版記念でもあります。一応それなりの格好がいいかと…」と、聞きもしないことを勝手に話し始めた。
 書店の前には、『彩乃のおはなし。本日発売』という大きな看板が掲げられていた。土曜ということもあってか、開店前の書店は長い列ができていた。
「事件が、思わぬ結果になりました」
 河出は、少しはにかんだ顔になった。
「まさか?」
 美奈子は、長い列を見まわしながら複雑な顔になった。
「全部彩乃さんの本を買いに来た読者です」
 河出は、断定した。今までの経験から、わざわざ開店前から列を作って並ぶのは、彩乃の本以外にはないという確信があった。「彩乃基金は、かならずできます。この調子なら我社もスポンサーとなるでしょう」と、河出は、自信があるのか勝手に決めつけていた。
「そうならいいんですが…」
「本当に、印税を全額寄付されるのですか?」
 河出は、美奈子の申し出を再確認した。
 美奈子は、河出らしくない問いかけだと思いながらも、「もちろんです。それで今回の出版をお受けしたんですから」と、きっぱりと言った。

「でも、生活が…」
 河出は、美奈子のことを心配した。
「仕事はありますから」
 美奈子のそっけない返事に、「でも、美奈子さんには、理事長になってもらわなければ困ります」と、河出は難色を示した。
「本当に『彩乃基金』を作るつもりですか?」
 美奈子は、河出の強引な態度にあきれ返った。
「もちろん。その方が、お金をちゃんと必要な所に使えると考えています。もう、根回しを始めています。半年以内に『彩乃基金』を発足できるはずです」
 河出は、自信のある顔をした。

「本当に出来るなら、その時に仕事を辞めれば済むことです。お金は、少しでも多いほうがいいのではないですか?」
「それは、そうですが…」
 河出は、まだ納得していないようで、「事前に打ち合わせやら必要なことが出てきますから」と、簡単に考えている美奈子に少し不安を持った。
「私の休みや仕事が終わってからできるのなら、今のままでいいと思っています」
 河出は、はっとした。美奈子は、少しでも多くの娘のような被害者を救済したいのだろう。「国会でも、薬害法案がクローズアップされているようですし…」と、美奈子の苦労が報われるかもしれないという想いで河出は言った。
「そんな事は、当てにできません。あの人種は、まともじゃないから信頼できません。それに、薬害法案が成立しても彩乃がブログに書いたとおり、勝手に基準を作るに決まっています」
 美奈子は、厳しい口調になったが、「すいません。言いすぎました」と、謝った。

 河出は、一瞬戸惑った顔になった。が、美奈子の顔を見てようやく納得した。この人は、一人でもやるつもりだ。
「美奈子さんの言った通りかもしれません。あんな連中当てにせず、我々だけで始めましょう」
 河出は、美奈子の言うとおりだろう。と、思った。政府は、薬害法案を可決したとしても、勝手に基準を作って全被害者を救済するつもりはないだろう。人の命よりも重い、財源という一言で救われない人も出てくるに違いない。本来なら、厚生労働省の人件費を削ってでも被害者を救済するべきなのに、彼らには加害者だという認識が欠けている? いや、そもそも、法律に則っておこなっただけだという言い訳で自分たちを守り、返って自分たちが被害者だというかのような振る舞いをするに違いない。河出は、「薬害法案が成立したら、薬害法案で救われない人を対象にするのもいいかもしれませんね」と、美奈子にアドバイスするような言い方をした。
「そうですね。いい考えです。成立するまで、いや、成立しなくても我々だけで、できるところまでやりましょう」
 美奈子は、彩乃の死が無駄にならなかったと書店に詰め掛けた多くの読者を見て確信した。

「彩乃のお母さん」
 美奈子に声をかける少女がいた。美奈子が声のする方を振り向くと、野村鈴香が頭を下げてから、「出版おめでとうございます」と祝いの言葉をかけた。
「ありがとう」
 美奈子は、素直に礼を言った。「あなたにも迷惑かけたわね。それに、全額寄付してくれる。私こそ、あなたにお礼を言わなくっちゃ」美奈子は、鈴香に深々と頭を下げた。
「いいえ。当然のことです」
 鈴香は、恐縮した。
 鈴香は、制服にコート姿だった。河出がおかしな顔をしたのだろう。「一応、これが私の正装ですから」と鈴香は、はにかんだ顔になった。
「そうですよね」
 河出は、納得して、「さあ、読者が待っています」と言って、二人を書店の裏の従業員出入り口に案内した。彩乃のブログに『彩乃の親友』として登場した鈴香の文章も『彩乃のおはなし』に載っていた。二人の共著という形だ。鈴香は、亡くなった彩乃の代わりに書店でサインを行う羽目になった。鈴香は、晴れ舞台に制服姿で現れた。
「本当に、あなたも全額寄付するんですか?」
 河出は、少し惜しい気になったし、美奈子に確認したようにもう一度念を押したほうがいいと考えた。

「私と彩乃は、親友ですから。当然です」
 鈴香の答えに、河出は一瞬優等生の解答だと思った。が、鈴香のアップしたブログの内容を思い出して違うと思った。本当に二人は親友だったのだろう。親友という一言が鈴香の想いを表していた。彩乃の死を嘆いているのは、母だけではなかった。『彩乃のおはなし』は、名前は変えていないが鈴香に引き継がれる形で残っていた。彩乃と同じ病気で苦しんでいる人や、彩乃や鈴香と同世代の交流の場としての役割を果たすようになっていた。
 河出は、これで続編が出せるかもしれないと次の目標ができたと喜んだ。もっとも、『彩乃のおはなし』の売れ行き次第だが…。それは、杞憂に思われた。『彩乃のおはなし』を買い求めにやって来た読者の人数を数えるまでもなく自信はあった。それだけではなく河出は、鈴香に小説を書かせようとこれからのことを編集者の頭で考えた。書き込みの内容から鈴香には才能があると考えていたからだ。
「さあ、これから忙しくなりますよ」
 河出は、二人に様々な思いを込めて言った。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。


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