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ブービートラップ 8.ジレンマ/9.報道

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

目次

プロローグ に戻る
1.鉄槌
2.ハッカー
3.マスコミ

4.サイバー犯罪対策課
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香 に戻る
8.ジレンマ/9.報道(このページ)
10.沈黙 次の章
11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

8.ジレンマ

  大垣は、昨日のハッカー犯行声明を記事に出来なかったことに複雑な想いで昨日のFAXを眺めていた。被害者であるはずの首相の事務所などが、被害を認めようとしない。警察にも犯行声明が送られたのか、警視庁生活安全部サイバー犯罪対策課が捜査に乗り出したようだがなんの情報もない。他社も報道はしていない。おそらく同じような経緯で報道を控えているのだろう。そのことがせめてもの救いだった。
 大垣は、パソコンに向かい、12版(22時頃)に載せる、『本社にハッカーの犯行声明。薬害法案廃案に対する何らかの抗議か? 単なる愉快犯か?』と、トーンの下がった記事のタイトルを見た。
 これが週刊誌のように無責任な報道ができない新聞という媒体の限界か…。と、ため息をついた時に、来訪者があった。
「警察?」
 来訪者が警察だと聞かされて、警察にも犯行声明は届いたんだ。やはり動いているのか? 大垣は、犯行声明の書かれたFAXを手に取り河野を伴って待たせてある応接室に向かった。

  猪狩と宮下は、最後に大朝新聞社を訪れた。時間が気になったが、新聞社という仕事柄まだ大丈夫だと踏んだ。案の定来意を告げると、あっさりと応接室に通された。
 型どおりの挨拶のあと名刺交換を済ませ大垣が席を勧めると、猪狩は、「早速ですが、ハッカーの犯行声明のようなものが届いていませんか?」と、いきなり質問を始めた。
「やはり、その件ですか」
 大垣は、手に持ったFAXを猪狩に手渡して、「これが、昨日届きました」と、答えた。
 猪狩は、ファックス用紙を手に取ると文面を声を出さずに読んだあとに同席している宮下に渡した。
 宮下が文面を読んでいる間に、「名前が書かれていませんね」と、尋ねた。
「普通こういう手合いは、取って付けた名前を書くはずなんですが、単に我々になっています」
 大垣は言ってから、「警察には、名前を名乗った犯行声明が届いたんですか?」と、勢いづいた。当然答は期待していないが、相手の反応を見ればある程度の予測はつく。名前を名乗ったのなら、何故警察だけに? と、気になったことを尋ねた。

「いえ。報道機関には、名前を名乗ったのかと思っていただけです」
 猪狩は、名前が書かれていない犯行声明文を不思議に思った。何故、警察だけに名前を名乗った犯行声明が届いたのだろうか。捜査に支障をきたさないために、迂闊に名前を明かすわけには行かない。犯人だけが、知りうる内容だからだ。容疑者を逮捕した時に、ブービートラップという言葉から犯行を自供させることも可能になる。
「同じ文面ですね」
 宮下は、猪狩に歩調を合わせるような発言をしてくれた。
「記事になっていませんね」
 猪狩は、不審に思い尋ねた。
「裏が取れなかったからです。関係者は、ハッキングを否定していますしこれだけでは証拠が不十分です。単なる愉快犯という可能性も、捨てきれなかった。明日の朝刊には、愉快犯ということで記事にするつもりです。が、一面トップという扱いにはなりません」
 大垣は、残念そうな顔をした。
「そうですか…」
 猪狩は、曖昧な返事をした。これが新聞という媒体の、精一杯のモラルなのだろう。
「しかし、週刊誌に犯行声明が届いていれば、過激な記事になる可能性もあります」
 大垣は、複雑な顔をした。それは、自戒とも憤懣やるかたない独白とも取られた。「すいません。愚痴のようなことを言って」と、余計なことを言ったことを猪狩たちに詫びた。
「記事になったら、捜査に支障をきたすかもしれませんね」
 宮下は、危惧した。
「私も同感です。捜査に支障をきたすだけならいいのですが…」
 大垣は、他に不安があるような口ぶりになった後で思い出したように、「我々のところに来た、データをお持ちになりますか?」と、猪狩たちに尋ねた。
「是非お願いします」
 猪狩は、素直に頭を下げた。「それから、できれば発信元をつきとめるため、コンピュータを調べさせてください」と、要請した。発信元を調べても、何も成果が得られないだろうことは考えられた。が、経由地だけでも、わかれば何かの糸口になるかも知れない。
「分かりました。仕事に支障がないように配慮していただけるなら、喜んで協力させていただきます」
 大垣は、言ってから、届いた膨大なデータを圧縮して持ってくるように河野に指示した。
 河野が席を立って応接室を後にしたことを確かめた大垣は、「もし、ハッキングが事実なら、首相が何かを隠そうとしていると考えられませんか? 他の事件に発展しなければいいのですが…」と、漠然とした不安があるのだろう。何かを心配しているような口ぶりになった。
「何か心当たりでも?」
 猪狩は、気になって尋ねた。
「心当たりなんてものはありません。ただ、やましいことがなければ、被害届を出すと思っただけです。それに、何か証拠のようなものがデータに紛れ込んでいるなら被害届を出すイコール、自分の不正を証明したことにもなりますし…」
 大垣は、歯切れが悪かった。
 確たる根拠や、証拠があるのではないだろう。それが、大垣の歯切れの悪さに繋がった。猪狩には、ただそれだけのような気がした。が、『他の事件に発展しなければいい』とは、どういう意味なのだろう。
「いやあ、薬品メーカーとの癒着を知られたくないなら、証拠隠滅するために他の犯罪を起こす可能性もあるかと単純に思っただけです」
 猪狩の想いを察したのか大垣は、自分から説明を始めた。
「他の犯罪ですか…」
 猪狩は、腕を組んだ。「犯行声明が事実なら、考えられることです。今の段階では、何とも言いようがありません」と言ってから、大垣は、警察がどこまで捜査を進めているか聞き出すつもりで言ったのかも知れない。と、気づかされた。

  森田伸輔は、苦り切った顔で誰もいなくなった事務所の自分の椅子に座り今日一日の出来事を思い返していた。警察に始まり、新聞社や週刊誌の記者たちが入れ代わり立ち代わり訪れては同じ質問を繰り返した。アポも取らず、いきなりやって来る不届き者も多かった。明日には、ワイドショーの取材のアポがあったが断った。記者会見を開くべきか? 下手に記者会見を開いて墓穴を掘るより、無視した方が安全ではないか? とも、思えてきた。
 とにかく、嵐が過ぎるまでおとなしくしている方がいいと結論付けて、おやじ(首相)に報告した。少しでも早く鎮静化させろと、言われた。森田は、腕を組んで今後の善後策を考えることにした。

9.報道

 ハッカー事件が発生してから二日目。新聞各紙は、一斉にハッカー事件の犯行声明文を報道した。が、誰も被害届を出していなかったため、愉快犯か政府に不満を持っている者の犯行と報道せざるを得なかった。が、同じ日に発売した週刊誌は、ハッカー事件を断定していた。

 大朝新聞

 『本社にハッカーの犯行声明。薬害法案廃案に対する何らかの抗議か? 単なる愉快犯か?』
 その他の新聞各社も、犯行声明は載せたもののハッキングが事実と確認されていない以上慎重な記事となっていた。

 週刊誌

 週刊トップ

 『首相の事務所などにハッカー被害か?』
首相の事務所と、厚生労働省それに、薬害を取りざたされた製薬会社にハッカーしたと報道機関や警察に犯行声明が届きました。が、関係者は、一応に否定しています。

週刊スクープ

 『前代未聞のハッカー被害』
 犯行声明は事実で、被害者は、一応に否定しているものの何かを隠しているのではないか? という疑問が湧いてくる。

  その他の週刊誌も、ハッキングは事実だと決めつけていた。

 新聞の報道を受けてか、午後のワイドショーでも取り上げられた。
 首相の事務所が入っているビルの前では、複数のテレビ局が取材をしていた。

  森田伸輔は、事務所の窓のブラインドを少しずらしてビルの前に陣取っているテレビ局の取材陣をため息交じりで窺った。まるで、犯罪者扱いではないか…? もっとも、例のことが明るみに出れば、こんなことでは済まないか…。自然に引きつった笑顔になった。最悪のことを考えれば、今は静観するしかないか? と、考え直した。
「犯行声明が報道機関に送られてきてから二日目。首相の事務所や厚生労働省それに薬害が取りざたされている第三製薬は、犯行を否定しています。犯行声明は、単なる愉快犯の犯行か、政府に不満を持っている何者かの犯行か、それとも犯行声明は事実で首相側が何かの思惑で犯行を否定しているのか? これからの捜査が待たれます」
 画像は、レポーターから首相の事務所が入っているビルを映し出した。
「凄いことになってきましたね」
 テレビを見ていた猪狩の近くに来た宮下は、ため息をついた。「受付から、取材のアポが入っていると連絡を受けました。どうします?」宮下は、猪狩の判断を仰いだ。
「今の時点で取材を受けるわけにはいかない。捜査が進展したら、記者会見を開くと伝えて帰ってもらえ」
「分かりました」
 宮下は、答えてから、「そんなことで引き下がるとは思えませんが…。とりあえず断っておきます」と言ってから、電話の受話器を取った。

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