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ブービートラップ(解説・概要・プロローグ)

 

解説

 第26回小説すばる新人賞に応募した作品です。
 一次選考にすら漏れましたが、選考に漏れた作品がどれだけ世間に通用するか? そんな想いでnoteに投稿することにしました。
 選考に漏れたから、つまらない作品だと思っているそこのあなた!
 選考する人が面白くないと思ったとしても、あなたには面白い作品かもしれないということを考えてみてください。
 
再度内容を見直し(推敲)ています。誤字脱字それに言い回しを変えて、順次公開いたします。

  作品の内容を少しだけ載せます。ご覧になって、おもしろそうだと思えわれたそこのあなた! 是非読んでみてください。

概要(ちょっとだけ)

  薬害で死亡した藤田彩乃は、死後薬害法案が成立するまでの間、自分のブログの更新を親友野村鈴香に託した。最後のブログは、薬害法案の成否別で違う封筒に入れられていた。
 彩乃の存命中に、厚生労働大臣経験者の現総理が見舞いに訪れ、同じ病気で苦しむ人のために法案を通すと約束した。が、結局薬害との関連性が不明ということで、法案はうやむやになり廃案となった。

 廃案となった翌日、政府と厚生労働省それに、製薬会社にハッキングが起き、膨大な文書などが犯行声明文とともにマスコミや警察などに流された。
 警視庁サイバー犯罪対策課の猪狩は、捜査に乗り出した。被害者であるはずの首相の事務所などは、被害を認めなかった。新聞各社は、ハッキング被害で報道できずに政府に不満を持っている者か愉快犯の犯行の線で犯行声明文が届いた翌々日に報道した。

 同日に発売した週刊誌は、薬害被害者の藤田彩乃の関係者の犯行だと決めつけていた。
 テレビ各局も、その日のワイドショーから報道し始め、夜のニュースでも新聞各社と同じような内容の報道に留まった。

 日が経つにつれ、報道が過激化して関係者は行き過ぎた取材に振り回された。
 そんなある日、川田という男が自分が犯行声明を出した犯人だという遺書を残して自宅のベランダから飛び降りた。警察は、自殺と殺人で捜査を始めた。

ブービートラップ
(四百字詰め原稿用紙242枚)

目次
プロローグ(このページ)
1.鉄槌
2.ハッカー
3.マスコミ
4.サイバー犯罪対策課
5.藤田美奈子/6.中野洋介/7.野村鈴香
8.ジレンマ/9.報道
10.沈黙
11.予期せぬ出来事
12.自殺か殺人か?
13.死せる孔明/14.巨悪
15.贖罪/16.様々な想い
エピローグ

プロローグ

  藤田美奈子の住んでいるアパートは、築二十年以上は経っていそうな佇まいを見せていた。
 室内は、何度かリホームを行ったとはいえ古さを隠すことは難しい。六畳と四畳半それに四畳半の広さの板張りの台所の2DKの、一番広い六畳の和室が娘彩乃の部屋だった。本来なら今頃は、受験勉強の最終段階に差し掛かっているはずだが、そこに彩乃の姿はなく彩乃の代わりに美奈子が座って娘のブログを愛おしく眺めていた。

 藤田美奈子は、最近日課となった娘彩乃のブログ『彩乃のおはなし』を見ていた。
 不思議なことに、娘の死後もブログは閉鎖されておらず、毎週土曜日に更新されていた。それ以外にも一週間に数回『彩乃の親友』という名で更新されていることもあった。
 毎週土曜日のブログは、紛れもない彩乃の文章だ。自分が亡くなったあとも、ブログを更新するために文章を作っていたのだろう。その証拠に、天気や気候などは予測になっている。おそらく、『彩乃の親友』という名でブログを更新している友人に頼んだのかもしれない。

 最初は、誰なのだろうか? と、思ったが詮索することをやめた。彩乃の文章を読んでいるだけで、彩乃がどこかで生きているような気がして嬉しくなった。
 それでも、彩乃が死んだという事実を、そろそろ受け入れなければならない現実とのギャップは埋めようもなかった。ただ気がかりなのは、いつまで続くのだろうか? という点だった。美奈子には、一つ思い当たる点があった。ブログの内容も、そのほとんどがそのことについてだった。

  それは、五ヶ月前の7月初夏の出来事だった。

 その日は、突然訪れた。

 その日の二日前に、美奈子に電話があった。相手は、首相官邸のスタッフからだった。内容は、首相が二日後に彩乃のお見舞いに伺いたいということだった。
 美奈子は、複雑な顔で話を聞くしかなかった。
 今までも数々の薬害があったが、その一つの被害者となった彩乃と母親である美奈子にとって首相は加害者と言えた。首相が厚生労働大臣だった時に、認可された薬品によって彩乃は死の淵に立たされている。治る見込みはなく、余命は数ヶ月と言われていた。テレビや週刊誌などでも報じられ、彩乃は時の人になったこともある。 

 首相はお見舞いに訪れて、真っ先に彩乃に向かって深々と頭を下げながら、「申し訳ありませんでした」と、声を振り絞るように言った。
 美奈子は首相を見て、言葉だけは丁寧で実行することは民意とかけ離れたことしかしないと揶揄されている首相とは思えないほどの真摯な態度に思えた。

「あの、被害者を救ってもらえるんでしょうね」
 美奈子は、一国の総理を前にして堂々とした態度で尋ねた。いや、詰問しているという表現が正しい。
「私の政治生命をかけて、法案成立に尽力します」
 政治生命・尽力という薄っぺらな言葉を並べた首相に、美奈子は期待できないと直感した。が、彩乃の前では口にすることも憚(はばか)れた。

  彩乃は、首相と会見して二ヶ月後に帰らぬ人となった。それから三ヶ月経って、薬害法案がまもなく成立するか廃案になるか決まるのだ。美奈子は、複雑な想いでその時を待つしかなかった。世の中は、何事もなかったように師走の賑わいを見せていた。美奈子にとっては、彩乃を亡くした悲しみは癒えるはずもない。

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