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小説「素ナイパー」第25話

(この衝動をなぜ止められないのだろう)

 腰を振る知子を見つめながら、直哉は自分の欲望への節操のなさを嘆いていた。不思議といつもよりも頭は冷静だった。

 何も考えられず身体が快感に溶けてゆくような感覚はなかった。しかし冷静な頭は自分の弱さを如実に認識させ、行為に没頭できずにいると虚しさを増幅させた。
事が済むと直哉は気だるさに身を包まれた。それは愛する相手とした後の幸福な気だるさではなかった。

 キッチンでシェリーの瓶を開ける知子の後ろ姿からは、やはり恋い焦がれたあの時の彼女を感じる事はできなかった。
 思い返せば、高校時代のあの時も隣にいた知子は自分の描いていた知子ではなかったのかもしれない。下校の際の別れ際、離れ難さに心を締め付けられその背中を追っていたのはいつも自分だけだった。
 知子は決して振り返る事もなくつないでいた手を躊躇なく離して帰っていった。その時から自分は違う人間を愛していたのかもしれないと思った。

 「ねえ。仕事はどうだった?」

 何かに助けを求めるように、窓の下のニューヨークの街並みを見下ろすとシェリー酒を持った知子がベッドに滑り込んで来た。

 「ああ。成功したよ」
 「今度はどうやって殺したの?」

 情事の中で直哉は、自分の仕事の全てを知子に語ってしまっていた。もちろん隠すつもりだった。しかしなぜか言葉が勝手に口から溢れた。快感の中で投げかけられる知子の質問に抗えず、むしろ答えると解放感を覚えた。秘密を打ち明けるほど行為は罪を助長させ快感を煽った。

 そして自分がすべてを打ち明ける事で身体だけを求めている知子の心と近づけるかもしれないという浅はかな想いもあった。
 秘密を打ち明けた事に対して直哉は何の不安も持っていなかった。知子がそれを聞きたがるのはSEXの時の興奮を高めるためで、アパレルの仕事をする彼女には直哉の仕事に関する情報の使い道はないと。

 「長距離の射撃だよ」
 「どんな武器で?」
 「バレットM82A1。アメリカ製」

 グラスに並々と注がれていたシェリー酒はもう半分以上なかった。そして、その酔いのせいなのか知子の頬はみるみるうちにまた蒸気してきた。

 「それで、どこを撃ったの?」

 知子は残りのシェリー酒を口に含み直哉と唇を重ねた。歯の隙間から甘いシェリー酒が流れ込んで来る。蜂蜜のような甘さと果実の香りが口の中に広がったが、喉を通る時には強いアルコールを感じ直哉は少し咽そうになった。

 「ねえ。どこを撃ったの?」

 すでに直哉の身体を弄り始めた知子がまた聞いた。

 「頭だよ」
 「どんな感触だったの?」

 空っぽの胃にすぐに吸収されたシェリー酒は、早くも直哉の身体に回り頭は考える事を拒み始めた。

 「どんなって。いつもどおりさ」

 知子はもう直哉の上に乗って動き始めている。

 「何も感じないのよね。そうあなたはプロだから。そいうとこ、好きよ。殺した人間の頭は粉々に飛んだの?」
 「いや・・・」

 直哉はもう酔いと快感で何も答えることができなかった。それでも知子は動きながら、

 「ねえ。答えて」

 と質問を繰り返した。直哉は朦朧としてきた意識の中で、

 「粉々だよ・・・。粉々・・・」

 と、寝言のように繰り返した。

 数時間後。体内時計に自信のある直哉は朝の9時だろうと予測して意識だけ開いた。昼には空港に行き次の仕事先のメキシコに行かなくてはならない。昨日のシェリー酒のせいで、頭には鈍痛が走っている。

 (さあ。起きよう)

 覚悟を決めて瞼に力を入れようと決心した時、直哉は自分の頭が垂れ下がっている事に気付いた。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。