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【134.水曜映画れびゅ~】『月』~もしかしたら自分も~

『月』は、昨年の10月13日から公開されている映画。

先日発表の報知映画賞3冠・日刊スポーツ映画大賞で4冠を達成した作品です。

あらすじ

深い森の奥にある重度障害者施設。ここで新しく働くことになった堂島洋子は“書けなくなった”元・有名作家だ。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平と、ふたりで慎ましい暮らしを営んでいる。洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力を目の当たりにするが、それを訴えても聞き入れてはもらえない。そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくんだった。彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていく――。

公式サイトより一部改編

森の奥の障害者施設で…

その施設は、深い森の奥にある。重度障害者施設だ。

そこで働き始めた堂島洋子は、信じがたい光景を目にする。日常的に虐待を受ける者、部屋に閉じ込められ放置される者、そして…。

そんな環境下で出会った1人の青年さとくん。さとくんは感じの良い青年に思えたが、どこか陰りを感じる部分もあった。

そして嵐の日、ある出来事をきっかけに、さとくんの何かが壊れた。

そしてさとくんは、洋子に向かって言う。

「こいつら(障害者たち)を、生かしておく必要はない」

"相模原障害者施設殺傷事件"を基に

本作の原作は、2018年に発表された辺見庸の同名小説。

映画鑑賞後に購入しました。
文庫版の解説は、本作の監督である石井裕也。

この小説は、2016年に神奈川の「津久井やまゆり園」で起きた相模原障害者施設殺傷事件を基にして執筆されました。施設の元職員の手によって、入所者19人の命が奪われた事件です。

小説では1人の入所者きーちゃんの視点を中心に、やまゆり園での事件を想起させる、さとくんによる障害者の虐殺が描かれます。

※やまゆり園での事件の犯人の名前は、植松 さとし。さとくんの名の由来はそこからきています。

本作『月』のパンフレット。
小説から映画にするにあたっての変遷が、
石井監督によって語られています。

その小説を映画化するにあたり、石井監督は物語に大きく手を加えました。

まず、主人公である堂島洋子ほか、きーちゃんとさとくん以外のメインキャラクターは全て映画オリジナルです。

そして、施設内での入所者への虐待などの描写。例えば、入所者を突き飛ばしたり、故意に癲癇てんかんを起こさせる職員など…。こういった描写は、石井監督が実際に障害者施設やその職員・元職員に取材を重ねた結果であり、監督は「映画で描いた、障害者施設で起こっていることは、全て事実」と語っています。

また、これは改編ではありませんが、本作に出てくる障害者の方は、一部を除いて、本人の了承の上で実際の障害者の方を起用していることも特筆すべきことです。

もしかしたら自分も…

そんな本作ですが、もう本当凄まじい作品。

特に磯村勇斗演じるさとくんが、宮沢りえ演じる洋子に、障害者虐殺の正統性を滔々とうとうと述べるシーン。「全く同意できない」と言い切りたいとは思うのですが、さとくんの意見に納得しかけてしまうのです。みんなが心のどこかに隠していることを、代弁しているように思えたのです。

そして、そこから続く虐殺のシーン。

「もしかしたら、自分もさとくんの一部なのかもしれない、さとくんになりえたかもしれない」

シーンを目にしながら、そんな想いが頭に浮かんできました。すると、怒りと悲しみがこみあげてきました。そして、感動ではない涙がとめどなく流れました。

個人ではなく、社会の問題として

さとくんの考えに、少しでも同調してしまった自分を恥じました。そんな自分が嫌になりました。でも、私のような人は少なくないと思います。

街中で障害者の方を目にして、目を逸らす人は少なくないでしょう。出生前診断の結果で中絶を選ぶことも多いと聞きます。綺麗事を言うのは簡単ですが、実際の障害者施設での現状を私たちは直視しようとはしません。

本作を観て、そういう自分に気づくと同時に、それは個人の問題なのかという考えも持ちました。責任転嫁するつもりはありません。でも社会が変わっていけば、私たちの考えも変わるのではないでしょうか?

例えば、たとえ障害者が生まれる可能性があっても、経済的・社会的支援が充実していれば、産む選択肢を選ぶ人々も増えるのではないでしょうか?もっと開けた障害者施設が増えれば、私たちの障害者に対しての考え方も変わるのではないでしょうか?

そんな社会であれば、やまゆり園の事件も起きなかったのではないでしょうか?

個人から社会を変えることよりも、社会全体の動きによって個々人の考えが変えることの方が簡単です。だからこそメディアや政府が、障害者支援や障害者施設への支援に取り組むべきだと思います。

この小説と映画、そしてこの記事が、そのきっかけとなることを心から願っております。


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次回の更新では、伝説のハガキ職人ツチヤタカユキの半生を描いた怪作『笑いのカイブツ』を紹介させていただきます。

お楽しみに!