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対話企画:障害者雇用の『ここっておかしいよね?』 #6富田 沙織さん

障害がキャリアを積む上で”障害”にならない社会を実現する会社、Connecting Pointの阿部潤子です。

対話企画「障害者雇用の『ここっておかしいよね?』」の6回目は、富田 沙織さんです。
富田さんとの出会いは、富田さんが埼玉県立大学で長期研修生として、研究活動をされている頃に遡ります。当時から、知的障害のある子どもたちへの「自立活動」について熱心にご研究をされていらっしゃり、学習指導要領にある「抽象的な言葉」を「具体的で分かりやすい言葉」に置き換えて、「自立活動」の授業をより効果的にするアイディアが詰まった研究成果を発表されていました。
そこで、今回は、富田さんの「障害者雇用のここっておかしいよね」について、特別支援学校の先生(かつ、就労支援ご担当)というお立場から語って頂きました。どうぞ最後までお楽しみください。

まずは、富田 沙織さんのプロフィールから:
埼玉県立特別支援学校さいたま桜高等学園 教諭。
大学で教員免許を取得する過程で特別支援教育の世界を知り、興味を持つ。初任者として赴任した特別支援学校で自立活動専任となり、個の困り感を起点とした授業づくりを深める。
現任校に異動した後、これまでの自立活動を中心とした取組みを形にしたいと考え、埼玉県立大学で長期研修生として1年間研究活動を行う。現在は、就労支援担当。趣味は、読書、旅行、料理、美術鑑賞。

(対話相手:富田 沙織さん)

①富田さんのご経験に基づく、「『障害者雇用』のここっておかしいよね?」とその理由を教えてください。
富田:この質問を頂いた時に「おかしい」って何だろうと思って辞書で調べたのですが、「普通じゃない、もしくは、ちょっと変だよね」といったところかなと思いました。「おかしい」は、主観的な感情で、立場が変われば、その人にとっては“普通”でも、他の人にとっては“おかしい”ことになったりすると思います。なので、今日は、障害者雇用や特別支援教育に関わる者として、私にとっての「おかしい」ポイント=全体を見て、足りないと感じるところを語らせて頂ければと思います

阿部:是非、お願いします!早速ですが、「足りないところ」とは?

富田:障害者雇用や特別支援教育が目指す理念・目標・大まかな方向性に対して、具体的かつ現実的で、無理なく取り組める方策が圧倒的に不足しているなと思います。
私は、就労支援の関係で様々な企業に伺うことがありますが、障害者雇用の目指すべき目標やその共有といった取り組みは、耳にすることが多いです。
一方で、掲げている理念や目標を、現場で具体的な方策にまで落とし込んだ事例や、理念を日々の実践につなげようと試行錯誤して、より良い方策を生み出そうとする取り組みはあまり語られない、と思っています。

阿部:理念や目標に基づく日々の実践が「方策」ですね。

富田:そうですね。具体的な「策」にまで落とし込んでいくことが大事かなと思うのですが、まだまだ抽象論で終始しているように思います。

阿部:その辺りが、富田さんにとっての「おかしい」ポイントでしょうか?

富田:はい、そうですね。「うちは、XXXXな考え方で障害者雇用に取り組んでいる」とか、「XXXXな方向性が良いと思う」というお話は聞くけれども、「じゃぁどうするの?」という部分が圧倒的に不足している、というか、足りないのではないかと。それが、私の「おかしい」と感じるポイントです。

阿部:「具体的、かつ現実的な方策」についてもう少し教えて頂けますか?

富田:例えば、障害者雇用を取り巻く環境や方向性について、経営者や担当者の人たちだけで決めるのではなく、もっと社内にいる当事者の意見を入れるべきという考え方は、よく聞きます。私も、その方向性には賛成です。ただ、それに対しての策が、ざっくりとしているなと思うのです。

よくある策は、当事者社員に「もっと発信してください」とか、「自分から相談してください」と周知するだけの方策で終わってしまっていて、その先がない。

その“呼びかけ”が方策にあたるものなのかもしれませんが、障害特性等から考えて、その呼びかけに応じることが現実的に難しい人が多いように思います。

阿部:たしかにそうですね。

富田:私たちも、「相談」って慣れてないと、なかなか相談できなかったりしますよね。それが見知らぬ人や初めて会った人に相談するとなれば尚更、難しいですよね。
しかも、対人関係につまずきのある人たちであれば、より相談することは難しく、「自分から相談してください」や、「あなたが相談してくれれば、お話聞きますよ」だけでは、十分ではないと思うのです。それだけでは、方策にならないのではないかと…。

阿部:なるほど。

富田:少し専門的な内容になりますが、知的障害のある人たちは、言葉の発達がゆっくりなので、言葉を駆使して、自分の思っていることを表現豊かに伝えることが、どうしても苦手で誤解されてしまうこともあります。
もちろん、色々な方がいるので、言葉を使った表現が得意な方もいれば、本当に苦手な方もいますが、全体的にみて、やはり障害のない人と比べると、語彙が少なかったり、表現(言い回し)が相手に伝わりにくかったりするので、そこにフォローが必要な方が多いと思います。
そのような人たちに対して、「自分から相談してください」の一言で終わらせてしまったら、
それって現実的な具体策なのかな?と疑問に思います。

阿部:仰る通りですが、よくあるお話のようにも思います。

富田:知的障害のある人の場合、企業組織の仕組みや社会の全体像までを把握して、言葉を発言することが難しいことが多いです。よって、自分の世界だけで考えてしまったり、悪気はないけれども、周りのことを考えたり、相手が何を思っているかを考える、といったところまで想いが巡らずに、発言してしまうことがあります。それがきっかけでトラブルになることもよくあります。
このような困り感が前提としてあるにも関わらず、本人からの発信や本人の表現にだけ依存するような方策は、現実的ではないですよね。

阿部:これまで知的障害のある生徒さんの進路支援に関わりを持たれてきた富田さんならではのお話ですね。ありがとうございます。

富田:組織内で、相談窓口として専門の人(精神保健福祉士等)を配置しても、そこで提供される具体的な支援の中身であったり、現実的に寄り添った支援が出来ているのかは、見直す必要があると思います。もちろん、会社をあげた仕組み作り(相談体制の構築)も大事ですが、それよりも職場の人が、普段から話しかけてくれたり、困っている時に少しだけでも時間を取ってくれるとか、日々のさりげない情報交換やコミュニケーションといった方策が大事かなと思います。

阿部:そういったところを含めての現実的、具体的な方策ですね。他に、方向性は明確だけれども、具体策が抜けているなと感じる事例はありますか?

富田:そうですね。就労支援の担当として、実習の打ち合わせや振り返りにはよく出かけます。その際、会社の方向性やサポートの方向性についてお聞きした上で、生徒の成果や課題について、具体的なエピソードを交えてお話を伺います。とりわけ、課題については、改善していけば採用基準を満たせるということで、「これから課題を改善していきましょうね」というところで締め括られることが多いです。
ただ、残念ながら、そこで話が終わってしまうことがほとんどです。

阿部:そこで話が終わってしまうとは?

富田:生徒の成果や課題について、実習中の様子を踏まえて具体的にご報告頂けることは、大変有難いのですが、「課題に対して具体的にどう対処するか」というところが、企業の方と一番お話したい部分です。しかし、課題への打ち手となると、多くの場合が、「学校で“いろいろ”頑張ってください」で締め括られることが多いです。

阿部:“いろいろ”頑張ってください、ですね(笑)。課題への「打ち手」について、企業の方と意見交換をしたいと思われる理由はありますか?

富田:生徒一人ひとりの課題点を具体的な方策に落とし込みながら、毎日の生活の中で取り組む。その方策がうまく機能しなかった時には、本人や関係者と相談しながら取り組みを変えていく。その過程の充実にこそ、成長の個人差が現れやすいなと思っているからです。

阿部:学校では、どのように対応するのですか?

富田:そうですね。クラスの担任が、企業からのフィードバックを受けて、学校で出来る取り組みを様々に考えるケースもあれば、ご家庭で具体的なところにまで落とし込んで課題に取り組むケースもあって、そういった対応が出来た生徒は、見違えるように成長します。

阿部:フィードバックをどのように活かせるか、ですね。

富田:はい。フィードバックをもらって、そこから生徒がどう取り組むかが本番だと思います。そこでの取り組み方次第で、生徒の成長が全く変わってくると思うので。
もちろん、通常業務をしながら実習を受け入れ頂いているので、限られた時間の中、具体策まで踏み込んで話をするは中々難しいのですが、課題に対して具体的な取り組みを提案してくださる企業もあります。しかし、多くの場合が、「この課題に取り組んでね」で終わりになってしまいます。具体的な提案までいかずとも、もう少し、取り組みのヒントを頂ければ、学校での取り組みに落とし込みやすくなるなと思います。

阿部:そうですね。企業側も、「成長」のヒントとなる情報くらいであれば提供できそうですね。ところで、富田さんは、課題に取り組んでいる生徒さんの変化、成長は、どのような場面で感じていますか?

富田:そうですね。振り返りからしばらく経過した頃、私のところに質問に来たり、確認を確実にするようになる等、生徒それぞれの行動に変化を感じられます。多くの場合、そういった生徒は、3年生にあがると「よく課題に取り組みましたね」と企業さんからフィードバックを頂くことが多いです。

阿部:素晴らしいですね。これまで富田さんが関わられた課題への具体的な取り組みについて、具体的に教えて頂けますか?

富田:店舗実習をした生徒の事例です。その店舗では、重いものを運んだり、品物が入っている段ボールのテープを剝がしたりするのですが、手先の不器用さであったり、一生懸命やっても時間がかかってしまう様子でした。そこで、企業から示された課題は、「体力・筋力をつける」や「1つ1つの動作を速くする」でした。

阿部:「体力・筋力」、「素早い行動」ですね。

富田:はい。「体力・筋力」については、「家庭で買い物に行った際には、荷物を積極的に持つようにする」といった取り組み目標を決めました。「素早い行動」については、障害特性故の手先の不器用さもあるのですが、その生徒については、苦手意識からあまり進んで手先を使わないようにしてきた面がありました。そこで、まずは手先を使う機会を増やすというところから始めました。
例えば、身だしなみの場面では、「自分で髪のピン止めをする」であったり、作業の場面では、「メモをたくさん取るようにする」など、手を動かす機会を意識していきました。

阿部:まさに、富田さんが企業からのフィードバックを、生徒さんが理解できるように翻訳していらっしゃるのだなと感じます。冒頭、仰っていた「おかしい」ポイント(足りないところ)を富田さん自らが補っていらっしゃるのですね?

富田:そうかもしれません。教員も企業の方も、保護者も、一人で多くの役割を担うことは難しいと思うので、企業の方が明らかにして下さった「課題」を、生徒がどのように取り組むか、その方策を考えるサポートをするのが私の役割なのだろうと感じています。

阿部:そうですね。企業側が、課題克服の具体的な打ち手について、具体的な提案が出来ない気持ちも理解できるなとは思っています。「分からない」というのが正直な気持ちかなと。

富田:はい、そうですね。接している時間が多いのが、保護者、その次に教員になってくると思うので、企業の方が短い実習期間の中で、生徒のこれからの取り組みについて意見を言うのが難しい、というのも理解できます。

阿部:富田さんが、生徒一人ひとりの課題への具体的な取り組みを考えるにあたって、どんなことをヒントにしていますか?

富田:生徒の一日の日常的な動きをシュミレーションしながら、生活に落とし込める取り組みを考えるようにしています。

阿部:すごいですね!生徒さん一人ひとりをしっかりと日ごろから観察していらっしゃるからこそなせる技ですね。

富田:現在は学級担任ではないので、週一回の授業での様子や担任からの情報、資料などを頼りにしているというのが現状ですが、それが、現実的かつ具体的な方策に落とす、ということだと思います。
知的障害のある生徒の場合、伝えられた課題に対して、「何をどうすればいいのか、分からない」であったり、「この時間に何をすればいいのか分からない」であったり、特性上も論理的に考えることが難しいので、その苦手をフォローしながら取り組める生徒はしっかり成長していきますね。

阿部:課題設定や目標設定は、学生時代だけでなく、社会人になってからも求められることが多いと思います。「私は何をすればいいのか?」を考えることが苦手としやすい知的障害のある人に、その思考を求めることは難しいことなのでしょうか?

富田:一人ひとり成長の速度であったり、何をきっかけに伸びていくかは違うので、何とも言えないところではありますね。
いま卒業生の定着支援にも入っているのですが、ある卒業生は、在学中から漢字が苦手で、なかなかその苦手さに向き合えない生徒がいました。
しかし、3年生後半になって、いまの会社に出会い、本人は、仕事内容や職場の雰囲気、サポート体制が気に入って、「何とかして、この会社に入りたい!」と思うようになりました。そこからは、大きく成長して、最終的には、漢字を読むことが求められる事務作業にも向き合って、いまの職場に就職しました。

阿部:すごい変化ですね。受け身の姿勢から主体性が増した感じですね。

富田:そうですね。それまでは、そこまで「働く」ということに対してこだわっておらず、就職出来なかったら、それでもいいかなと話していたのが、その会社と出会って、最後の最後で「頑張って入りたい」ということで、苦手な漢字も自分から取り組むようになりましたね。

阿部:その卒業生は、就職後もイキイキと働かれているのでしょうか?

富田:はい。会社側も、日々の雑談も含めて、定期的に本人と対話の場を設けてくれているので、本人もとても嬉しそうに働いていて、趣味に関する買い物が出来た!と、充実した姿を見せてくれました。職場での困りごとも、その場で相談が出来ているので、定着支援に行った場では特にないです、いうような感じです。

その生徒を見ていると、在学中は気持ち的に甘えがあったり、何かあると逃げてしまう面があったのですが、先日、本人と話していたら…

「朝起きたときに、今日は仕事行きたくないなと感じる日はあるけれども、もう社会人になったのだから、そこは頑張らなくてはいけないと思って…」と本人が言っていて。

もう在学中には考えられない発言だったので、知らず知らずのうちに仕事への責任感が芽生えたのだなと思いました。

学校では、どうしても「仕事とは、…」と生徒に説き続けがちですが、自分の希望していた会社に就職して、職場での何気ないコミュニケーションの中だったり、職場の中で自分の居場所を見つけたい、という本人の想いも重なって、私が教員として一番伝えたかった仕事への責任感とか、やりがいも、いつの間にか身についていた、といった感覚です。
まだ彼はスタートしたばかりですが、仕事の責任感ややりがいは、教員から教わるものではなく、本人が自分の体験を通じて学んでいくものなのだろうと、私も彼から教わりました。

阿部:素敵なお話をありがとうございます。知的障害のある人に目標設定を求めることが難しいのだろうか、という問いに始まりましたが、障害の有無に関わらず、目標が本当に自分のものになっているのか、当事者意識があるのか、そこが肝になりそうですね。

富田:そうですね。そのためにも、コツコツと毎日確実に、普段の何気ないコミュニケーションから今後の方向性であったり、目標を確認していくことで、生徒の意識に変化が生まれて自ら考えていく力になるし、着実に成長していくのだろうなと思います。そして、一度、そういう姿勢が身についたら、今後、つまずきがあっても、同じような姿勢で乗り越えていけるのではないかと思います。

②その「おかしい」ポイントは、なぜ変わらないままなのだと思いますか? 阿部:これまでのお話から、体験や経験を通じて、知的障害のある人たちの力が伸ばされていくことを改めて感じています。そこで、2つ目の質問です。なぜ、障害者雇用や特別支援教育が目指す理念・目標・大まかな方向性に対して、具体的かつ現実的で、無理なく取り組める方策が不足したままなのでしょうか?

富田:障害者雇用の理念・考え方ですら浸透しなかった時代がある中で、間違いなく今の時代は一歩進んできたと思います。ただ、理念や考え方を実現する具体的な方策にまでたどり着かない一つの理由は、企業のみなさんも通常業務に追われて「学ぶ時間」がない、私たちも日々の生活に追われて「学びの時間」がとれない、ということかなと思います。

阿部:もう少し具体的に教えて下さい。

富田:やるべきことに追われているのかなと思います。
TASK(タスク)としての「やらなくてはいけないこと」に追われていて、MISSION(使命・目標)/WORK(目標を持った研究・勉強)こそが大事にも関わらず、そこが後回しにされがちだなと思います。
障害の有無に関わらず、学校を卒業すると、タスクにおわれがちで、自身の目標であったり、それに基づく勉強に時間が割けないのが現実で、卒業後は学びの機会がいっきに減ってしまうと思います。
障害のある人であれば、一緒に話せる仲間を自分から作ることが難しいこともありますし、習い事を新たに始めるような金銭的な余裕もないケースが多いと思います。あとは、もちろん本人の意欲、学びたい気持ちがあるか、というところは大事だと思います。
しかし、学生時代であれば、本人の意欲以外(人的環境、物理的環境、時間面、金銭面)は学校の場で提供できるんですね。それが、社会人になるとハードルがあがり、時間も、機会もつくることが難しくなってしまう。

その結果、私たちは、一人ひとりが自分の目標を省みる時間であったり、組織の目標と照らし合わせて、日々の自分の行動を考えたりする試行錯誤の時間が持てず、具体的な策に落とし込めていけないのかなと思います。

阿部:試行錯誤の時間、大事ですね。

富田:そうですね。策を考えるとは、単発で終わるようなものでもなく、継続的に細々とでも続けて考えていくことが大事であると思うのですが、現実の生活や仕事の中で、その時間を確保するのが難しくなっているのかなと思います。

阿部:私たち一人ひとりの“余裕”も必要ですね。当事者側・企業側にそれぞれ「変わらない/変われない理由」があるのだろうということに気づきました。

③「おかしい」ポイントは、どうしたら解決できると思いますか? 解決に向けて、富田さんがこれまで取り組まれたことがあれば教えて下さい
阿部:それでは、「おかしい」ポイントへの富田さんなりの解決策であったり、これまで既に取り組まれていることがあれば教えてください。

富田:冒頭でもお話しましたが、会社や学校としての大きな取り組み(方策)だけではなく、日々毎日行う小さなことこそが、とても効果的で、現実的な策になるのではないかと思います

阿部:なるほど。

富田:理念とか考え方とは、華やかで飛びつきやすいですし、それに基づく社内制度を整えたり、各種表彰制度で社会的評価を得ることも大事なことかもしれません。それによって、この会社は頑張っているのだなと社会からは見られるので…。
でも、そうした取り組みをしている企業であっても、中身が伴っていないケースもあるのが現実で、それならば、すごく地味で目立たない方策かもしれないですが、毎日ちょっとだけかかわりがある、本人と話す機会がある、そういった些細な取り組み(コミュニケーション)の積み重ねの方が大事かなと思います。

阿部:とっても共感します。

富田:「方策」と言っていいのか分からないくらいですが、そうした地味な積み重ねが大切なのかなと。私が普段、学校で取り組んでいることも、目玉事業ではないけれども、学校にとって大事なこと、であると思っています。
華やかなところ(会社/学校の業績)とは、距離があることにこそ、大事なものがあるのかなと思います。

阿部:日ごろから、社員間でのコミュニケーションの多い職場は、雰囲気も良くなるのだろうと思いますし、その結果として、業績も上がるのだろうと思いますね。

富田:はい。あとはコミュニケーションの量も大事ですが、タイミングも大事であると思います。

阿部:タイミング!

富田:私の場合であれば、例えば、実習と振り返り面談が終わって、学校生活に戻ってきたタイミングで、その記憶が新しいうちに生徒と話すようにしています。準備万端にしてから生徒と面談をするというよりも、本当に必要な取り組みを適切なタイミングで伝えていくことが大事かなと思っています。

阿部:企業の中の成長支援にも通じますね。

富田:そうですね。働くモチベーションも、他者から言われて上がるものでもなく、本人の興味関心が高まっているタイミングであったり、求めているタイミングで、誰かが声をかけてくれたり、機会を提供してくれるから、自然と高まっていくのだと思います。

阿部:仰る通りですね。これまでのお話を伺っていると、「おかしい」ポイントに真正面から取り組んでいる富田さんの姿が伺えます。

富田:これは私の価値観にも通じるところなのかもしれませんが、昔から華やかな表舞台に立つよりも、裏方でコツコツと確実にやるべきことをやって、仲間を支えることが素敵だなぁと感じていました。だからこそ、成果を急ぐあまり、特効薬を探して、何か大きな取り組みを打ち上げて、すぐに廃れてしまうよりも、毎日、堅実に積み上げてきた結果、職場としても、個人としても成長しました、というのが一番現実的な解決策なのかなと思っています。

阿部:そうですね。制度を整えたり、組織を作ることの方が、変化を起こしやすく、分かりやすいので、私たちは引っ張られやすいのかもしれませんが、日々の行動を目標にあわせて変えていく「個人の変化」も大事ですね。

富田:はい、そう思います。阿部さんが前に仰っていた「特例子会社のない社会」というのも、きっと同じことを言っているのかなと思います。
そのような組織を作らなくても、職場の人たちがみんな支援者、といった感じで、周りの人たちが、さりげなく同僚に関心をもってくれたり、変化に気づいてくれる。障害のある人が働いていることが話題にも上らないくらいの日常になるような環境があれば、特例子会社も必要ないのかなと思います。

④「おかしいポイント」を越えた先にある社会/障害者雇用の姿は、どのようなイメージですか?
阿部:ありがとうございます。今のお話は、まさに「おかしい」ポイントをこえた先にある社会のイメージでしょうか?

富田:はい。障害当事者も含めた様々な立場の方が企業にはいらっしゃると思います。
その環境の中で、一人ひとりが困ったときの方策を自分なりに持っていて、「XXXなことで困っているんですよね」と何気なく言葉に出したら、「あっそれだったら、私はXXXXにして対処したよ」とか、「XXXXしてみるといいよ」とか、ミーティングという場をあえて設けなくても、日常の中で、「もやっ」としていることを伝えあえたり、自分なりの困り感や、困り感に対する自分なりの工夫を伝え合えたらいいなと思います。

阿部:「障害当事者も含めた様々な立場の方」って仰っていたのが印象的です。組織の中には、私たちの想像もつかないような困り感を持っている人たちがいて、障害のある人だけが困っている訳ではないと思うので、多様な背景を持つ人たちが、ざっくばらんに話したり、関わりあえる職場風土が大事になりそうですね。

富田:そうですね。そのような会社は雰囲気が良いですよね。私が、実習の振り返りに訪れたときにも、そのような職場の担当者の方は質問のアプローチが違うなと感じます。

阿部:どのように違いますか?

富田:職場が、生徒のことで何かしら困り感を持っていたとしますよね。その時に、日ごろから職場でのコミュニケーションが盛んな会社の方は、「今、卒業生のXXXXの行動に困っています。会社として、①YYYYと②ZZZZを試しているんだけど、先生からも何かヒントもらえませんか?」という質問の仕方をされます。
一方、日ごろのコミュニケーションが少ない会社では、「卒業生のXXXXさんが、こうした行動をして困っています。先生、何とかして下さい。」と言われてしまうことがあります。

阿部:その違いは、大きいですね。

富田:そうですね。前者の会社であれば、具体策の検討を前提で話が進むので、内容が深まります。

まさに企業と学校が一緒に、卒業生の成長について試行錯誤しているイメージです。

会社の方も気負うこともなく、自然体で、
「卒業生のXXXXさんは弊社の社員だから、XXXXさんが成長していけるように何とかするよ」
という姿勢なので、私も何とか協力して考えようという気持ちになります

阿部:企業が、外部支援者を頼り過ぎることなく、自分たちで考えて動こうとして下さる姿勢は嬉しいですよね。

富田:はい、障害者雇用云々ではなく、他の社員の方々と同じように、卒業生を一人の社員として対等に考えてくれていることが嬉しいです。そして、もう1つ感じることは、さりげないコミュニケーションが職場内で出来ると、きっと時間的な制約とか、機会的な制約があって出来ない…といったことを考えなくてよくなるのではないかと思います。

阿部:制約を考えなくて良くなるとは?

富田:機会というのは、「毎日が機会」だと思います。
さりげないコミュニケーションであれば、時間もそれほどかかりません。一方、イベントを企画、実行する、となったら時間もかかるし、1回限りのイベントであれば機会も限定的です。

阿部:「毎日が機会」、素敵なフレーズですね!毎日が成長の機会なのだと改めて感じています。

富田:学校でも「先輩の話を聴く会」を在校生向けに開きつつ、卒業生と職場や生活における現状を共有する、といった目的でイベントをやっています。イベント自体は、意味があって素晴らしいものと思いますが、目指すところは、その会話が普段の職場の中で日常的に行われて、その中で完結できることではないかなと思います。

阿部:確かにそうですね。

富田:とかく障害者雇用の方策は、大きく語られることが多いと思うのですが、もっと日常的な取り組みになればいいのにな…と思います。いまはその過渡期なのかもしれませんが、一つ一つの取り組みの粒度は小さくても、着実にやっていることで、確かなものに変化していくのかなと思います。

阿部:そうですね。イベント的な大きな取り組みよりも、毎日コツコツとやることの方が、より難しいことなのかもしれないですね。

⑤目指す社会に向けて、富田さんは、何をしたら今の仕事をやり遂げたと思えそうですか?
阿部:最後の質問となりますが、「おかしい」ポイントを超えた先にある社会に向けて、富田さんご自身は、何をしたら、今の仕事をやり遂げたと思えそうですか?

富田:「やり遂げた」という感覚もすごく難しいと思うのですが、私は、教育の立場にいて、

「教育で出来ることは本当にわずか」

だと思っています。“わずか”というのは、自分には、何もできないという意味ではなく、

小さなことを積み重ねていくことでしか、人がより良い方向に向かっていくことには出来ないのではないか、という意味です。

それを前提に私の役割を考えたときに、私は生徒を指導するというよりも、その生徒をよく観察して、足りないところ、調整が必要なところを教えてあげて、生徒が自分自身で変えていったり、こちら側が環境を整えるべきところを考えていく、そのような一連の調整が、私の一番の役割ではないかなと思っています。

阿部:未来を見据えて、調整する役割ですね。

富田:はい。生徒の将来の姿をイメージしながら、足りないところを具体策に落とし込んで本人に提案したり、時には試行錯誤することもあります。でも、その結果として、卒業後に、仕事への責任感を持ってくれたり、最初は出来なかったことが出来るようになったという明るい未来へとつなげていく“調整”だと思います。

阿部:卒業後に、そうした生徒さんの姿をみれることが、富田さんにとって一番、達成感を感じられることでしょうか?

富田:現在の所属校は高等部単独の特別支援学校なので、生徒の在籍期間は3年間です。しかし、当たり前ですが、生徒の人生は高校に入学する前もあるし、卒業してからも続きます。なので、高校生活だけですべてのことを完璧に出来るようになる、という考え自体しないようにしています。

「社会に出るとしたら、XXXXが課題だから、XXXXを重点的に取り組もう」

そういう提案を一人の社会人の視点からしていく、調整をしていくことかなと思っています。
その結果、うまく行く人もいるし、時間がかかる人もいる。途中で大きな挫折があって落ち込む人もいるので、それは仕方のないことかなと思いますが、やはり教え子の成長した姿を見れたときは、間違いなく達成感を感じられます。

一方で、誰か一人の成功パターンが、すべての人に通じるものでもないので、「やり遂げた」と感じられるのは、なかなか難しいのかなと思います。

阿部:個別性がとても高いので、普遍的なものを見出すのは確かに難しいですよね。

富田:そうですね。基本的には、「一人ひとりに応じて考える」という感じで、卒業生でうまくいったから、同じことを在校生に押し付ける、というのではなく、ちゃんと一人ひとりを見て、足りないところを調整しての繰り返しかなと思います。

阿部:富田さんにとっての「やり遂げた」と思える状態のイメージを教えてください。

富田:そうですね。「やり遂げた」と言うと、何か大きな賞を受賞するといった状態を想像してしまうのですが、私が卒業生を見ていて良かったなと思うのは、職場で居場所を見つけられたとか、在学中には気づけなかったことに気づけるようになったとか、本人の言葉から、それを感じられたときに、「やり遂げた」なと感じられるなと思います。

阿部:あぁすごい納得です。一人ひとり違いがあるからこそ、それを丁寧に調整していった結果、卒業後に成長した姿を見せてくれる、その1つ1つの積み重ねが達成感であり、その時々で、「やり遂げた」と感じられる、ということなのかもしれないですね。

富田:はい。世間から見たら小さなことなのかもしれないですけど、「確実で堅実なもの」を私自身、大切にしているのかなと思います。

阿部:富田さんらしさ、を大切にしながら語って頂けて嬉しいです。
目指す社会に向けて、明日から取り組む富田さんのアクションとして、もしあれば教えてください。

富田:とりあえず夏休みに入ったので、この時しかできないことをやろうと思っています。授業のプリントを今の時代に則したものに作りかえたり、生徒の状態にあったものに“調整”していこうと思っています。

阿部:本日、富田さんが仰っていた「小さなことであっても、自分に出来ることから確実に、コツコツと取り組むことが、人が成長していくために大事ではないか」というメッセージは、障害者雇用の実践に向けた問題提起でもあったとも感じていますし、人の成長に近道はないのだな、という想いを改めて感じました。今日は本当にありがとうございました。

対話を終えて:
障害者雇用を進めていくにあたって、「定着」は1つのテーマにあげられます。企業であれば、離職率という指標で、福祉事業所であれば、就職を支援した方の定着率という尺度で可視化されます。だからこそ、定着に向けた取り組みは、各社で様々に行われています。例えば、当事者の皆さんによる自身のトリセツ作成・共有や、メンタル面も含めた自身の状態を可視化するシステムツール等々。

しかし、富田さんとの対話を経て、私たちが「この会社で働き続けたい!」と思えるのはどんな瞬間だろう?と改めて考えています。

きっと、私たちが「この会社で働きたい!役に立ちたい!」と思う瞬間は、仕事を通じて、一人ひとりの「心が動く」体験によって生まれるのではないかと思います。その体験の積み重ねでしか、私たちの心を繋ぎとめることは難しいようにすら思います。そして、その「心が動く」体験は、仕事を通じた達成感、充実感はもちろんのこと、職場での他者との関わりから居場所感を感じられる瞬間に宿るように思います。会社の人と自分のトリセツを共有して、理解してもらえたなと感じたときに「心が動く」人もいるかもしれません。大事なことは、定着に向けた様々な方策を「社員の心が動く方策」へと昇華させていくことなのかなと思いました。


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