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【小説】放課後の美術室

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【小説】放課後の美術室 Ⅴ

【小説】放課後の美術室 Ⅴ

僕の美術館にきてください。

小説家の小川泉からメールがきた。

そこにはきっとラベンダーの絵があるはずだ。

「んで? 行くの? 行かないの?」                 
意地悪な顔つきで綾香が聞いた。                
「行く…と言いたいところだけど場所がわからない」
「そうだよね。いつ、どこで、だれが、どうしたって小説家の基本だよね」

さわら駅の待合室で2人、近くのパ

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【小説】放課後の美術室Ⅳ

【小説】放課後の美術室Ⅳ

みなと駅の改札を出ると京葉線側の出口に出た。
私と綾香はポートタワーのある海の方へと向かう。駅前の交差点に立ち、辺りを見渡すと都会的なマンションが立ち並んでいる。                           ポートパ-クを抜けると海が見えた。旅客船ターミナル駅からは対岸の工業地帯が見える。               

「海だ!潮の匂いがするね!」

なぜだろう。

海を見ると何か起こり

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【小説】放課後の美術室 Ⅲ

【小説】放課後の美術室 Ⅲ

                                                              乗客の少ない昼間の車内はいつもより広く感じられた。                      梅雨の晴れ間の蒸し暑い日だった。                  私たちはボックス席に座ると窓を開けた。車窓から流れてくる景色の濃い緑の草木はうっそうと生い茂り初夏のにおいがする。

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【小説】放課後の美術室 Ⅱ

【小説】放課後の美術室 Ⅱ


 修策の絵を最初に見つけたのは綾香だった。

 もうすぐ、関東三大祭といわれる佐原の大祭が始まる7月。学校のポプラ並木がいっせいに白い花を咲かせ、校庭に雪のような綿毛がちらつく頃、近くにある諏訪神社から佐原ばやしの篠笛の音が流れてくる。

リズムが中心のテンポある賑やかな他の地域の祭ばやしとは違って、心が揺れ動くような切ないメロディーが私は好きだった。

 “回る時計の針でさえ きっと一度は逢う

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【小説】放課後の美術室 Ⅰ


彼の現在を私は知らない。

彼は1年前まで県立高校の美術教師をしていた。
名前を井上修策という。今年でたぶん、26歳になると思う。 

美術教師に似合わず時々喋る関西弁が面白くて、どこにでもいそうだけど高校生の私たちには簡単に手が届きそうもない、大人びた雰囲気イケメンの修策は本当によくモテた。放課後の美術室には調理実習のスイーツ、体育祭のツーショットの写真、修策が好きなアーティストのCD…などを

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