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しゃもじで「凶」のメをよそわんといて

潜って潜って、潜り続けた。
その先の土を素手で掴んでは放り、固い表層の奥の柔らかい土の奥の硬い土の奥にある柔らかい土と砂、石ころを掘り、爪の中に土が詰まるのも気にせず、グッ、グッと爪と指の隙間を圧迫し、半月が押しやられて血が滲み出し、メリメリと爪が剥げる痛みすら感じないほどに、丸腰で掘り続け、見上げると日が射し汗が額を伝って気持ちが悪いので、もう一目散に地中をにらんでなおのこと裸の指先で次の土を掘り返し、赤黒く指が腫れたころにふと手を止めて考えた。

果たしてこの先に光はあるのか。
「そらあんた、えら暗闇でっせ」。にやりと笑うクソみたいななまはげの顔が2つ、地中からニョキニョキ生えてきて秋田弁ではなく関西弁で喋るので、私はもう土煙を巻いて踵を返し、内壁を伝って地上を目指すも、ほろほろと土壁が崩れてうまく登りゃせん。その場に座って、なまはげと対話を試みた。

「意味がないか」
「あんたぼんくらですわ」
「なぁんも見えてへん」
「どういう意味だ」

私が問うとなまはげは顔を見合わせて下卑た笑いを漏らした。爆笑である。
「ちょ、ちょっと隣の壁を掘ってみぃや」
しわくちゃの血まみれになった指先でコリコリと壁を削ると、大穴が開いて真っ暗な世界が現れた。衛星らしきものが宙を待っている。

「宇宙」
「せや、ほんま視野が狭いやっちゃでアホウ」

なまはげどもはケタケタ笑いながら、そう答えた。私は隣り合わせの宇宙を見て、もう何にもやる気がなくなって、ケタケタを聞きながらぼぉっと宇宙を眺めていた。なんとなく、昨日飲んだコーヒーの味を思い出していると、まばゆい光とともに米良美一の頭が視界の左から恐ろしい勢いで現れ、ハハハハハハハハハと笑いながら高速で目の前を通り過ぎていった。

「米良や」
「米良や」
「はよ拝み」

なまはげに勧められるがまま、手を合わせて目をつむる。頭を下げる。南無妙法蓮と頭で繰り返して、パッと目を開けるとなまはげは4体に増えており、2本のセンターマイクの前でそれぞれ漫才をはじめた。

「いや、ほんと、小さいころにカブトムシってよぉ捕まえたやろ」
「ぼくね、水泳のインストラクターになりたいねん」
「あぁ、前の日の晩にはちみつ塗ってね。朝からね、ほんま」
「どの顔で言うてんねん」
「しゃもじで「凶」のメをよそわんといて」
「動物注意のシカのマークを実の母親やと思てましたからね」
「ピューレ」
「秋刀魚の腹に付いた蛇口か」
「しゃっくりでしか呼吸でけへんねん」
「わし鼻は総じて眉間が臭い」
「ミャンマーのことわざか」
「マンモスとジャコは友達なれへん」

2組の漫才が同時並行で進むので、情報過多であり、私はもう笑いの内容など、どうだってよくなった。それより指先がジンと痛み出したので、これはよくないとなまはげの向こうに見える土壁を掘りはじめる。地球の真ん中に近づくにつれて、やはり土質は固く、なかなか掘り進められない。汗が流れてぽとりと土に落ちる。それすらも味方に感じる。

ざっくざっく。ざっくざっくとがんばっていると、なんだか泣きそうになって自分が今なにをしているのかが、よく分からなくなってしまう。悲しいのか、悔しいのか、悲喜こもごもといったところか。無念でならない。それほどまでに土壁は削れず、無意識の部分からほころびが見えはじめて、指先がプツと切れて、血が、新しい血が、古い血が出てくる。プツとした小さな亀裂はバリバリと手のひらを割いて、腕から脇を通って、胴を割いて、腰の曲線に従って太ももからふくらはぎを通過し、くるぶしまでを切った。

「もうええわ」

なまはげの声が轟いたとほぼ同時に、ちょっとだけ揺れて、周囲の土壁がゆぁんゆぁんと崩れはじめた。中空から一斉に砂や石ころが降りかかって、一刻も早く逃げ出さねばと思ったが、指先はなおのことカリカリと次の地中を掘ってしまう。皮膚の亀裂からは積極的に血が滲み気持ちが悪く、掘るうちに皮膚の薄皮が剥げていく妙な感覚に襲われるも、まだ掘る掘る。いよいよ砂塵で目がやられて涙が止まらない。すると洟もでる。ぐすんぐすんやっていると、皮膚の裂け目から、金に光る小さな米良美一が大量に飛び出してきた。

「米良や」
「米良や」
「米良や」
「米良や」

となまはげの声が聞こえたが、砂塵で奴らの姿はまるで見えず、私は拝むこともなくカリカリと掘り続けて、薄皮はむけていく。だんだんと変身していく。さて、私が次にどんな私になるのかは、だぁれも知らない。ただ米良でないことだけは確かだ。

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