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「我々は何の会社なのか?」を問い続ける 【世界標準の経営理論9:組織の記憶の理論】

前回はイノベーションを考える上で不可欠な「知の探索・知の深化の理論」を紹介したが、閲覧数が一晩で200を超え、また公開から1週間で、これまでのnoteで書いた記事の中で3番目に多い閲覧数になるなど、この分野への世の中的な関心も高いことを実感した。

しかし、実際には「知の探索・深化」だけではイノベーションのメカニズムを理解するには十分ではない。

今回の記事では省略しているが、「組織学習とイノベーション」には、

①サーチ →   ②知の獲得 →  ③記憶 (→①サーチ→、、、)
という循環サイクル

があるとされており(詳細は本書第11章)、「知の探索・深化」は「①サーチ」に当たる。

今回は、その循環サイクルのうち、「生み出された知をどのように組織に記憶させるのか」という「③記憶」に着目する。

【読解】組織の知の引き出し

「組織の記憶」には、さらに「知の保存」と「知の引き出し」というプロセスに分解できるが、今回は「知の引き出し」に焦点を当てる。

●知の引き出し
保存した知は、必要な時に引き出される必要がある。当たり前のようだが、この点は重要だ。いくら組織に知が溜まっても、引き出されて活用されなければ意味がない。特に日本企業はでは、社員一人ひとりは優れた知を持っているのに、組織としてそれを効果的に引き出せないために、「宝の持ち腐れ」になっているケースもあるのではないだろうか。

知を引き出すためには、その知を引き出すための「組織の能力」が必要であり、それを説明する2つの理論「シェアード・メンタル・モデル(SMM)」「トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)」を解説する。

【読解】シェアード・メンタル・モデル(SMM)

シェアード・メンタル・モデルとは、その言葉の通り、「組織のメンバー間で、どのくらい認知体系(メンタルモデル)が揃っているか」ということであり、組織に関わるあらゆる認識がメンバーの間で揃っているかどうかということだ。

組織に関わる認識とは、どのような「認識」であるか。SMMには2つに分けられる。

①タスクSMM
組織の行う仕事や、組織が持つ技術・設備などに関する、メンバー間の共有認識
例)「この作業の目的は?」「トラブル時の対応策の優先順位は?」
②チームSMM
メンバー同士の行動の役割分担、メンバーそれぞれの好み、強み、弱みなどに関する共有認識
例)こういうトラブル時には、彼はこうして、私はこうする」など

前者は、組織のミッション、組織自体の強み、またトラブル時の対応策など組織共通の事項などであり、後者は、個人個人のミッションや、各人の個性などといった共通認識ということである。

世界中の研究者がSMMに関する実証研究をしているが、組織のSMMが高いほど、組織は高いパフォーマンスを上げられるという研究結果が報告されている。

【読解】トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)

SMMが「組織メンバー間の基本認識の共有」のという組織能力だったのに対して、TMSは「組織内の知の分布」についての組織能力である。

組織メンバーが『他のメンバーの誰が何を知っているか』を知っていることであり、つまり、"who knows what"だ。

そして、当然ながら、人は一人で記憶する知には限界があり、まさに一人でできることは限られており、他者の力と掛け合わせることにより組織としての成果を出していく。

SMM同様、TMSが高い組織ほど、組織パフォーマンスが高まる、という実証研究結果が報告されている。

【読解】TMSを高める方法

ではどうすればTMSを高めることができるのだろうか。

その答えも研究によって明らかになっており、結論としては、TMSを高めるためには、「顔を突き合わせてフェイス・トゥ・フェイス」の交流」が重要ということである。

興味深い例として、世界的なデザインファームであるIDEO社の例が紹介されている。

同社では、顔を突き合わせるブレーンストーミング(ブレスト)が重要視されているが、それは、ブレストの目的がTMSを高めるため、という点である。

各メンバーが定期的にメンバーを入れ替えて、顔を合わせるブレストに参加すれば、そこで互いの専門性や今手掛けているプロジェクトの知見を、フェイス・トゥ・フェイスで披露し合うことになり、結果的にwho knows whatが高まり、各デザイナー個人に保存されている知が組織として効果的に引き出せるようになるのだ。

また本論とはズレるが、ブレストについて、「ブレストは、アイデアを出す上では必ずしも効率が良くない=プロダクティビティ・ロス」ということが経営学の常識というのも興味深い紹介されている。

その意味でも、ブレストの使い方は、見直していくのも良いかもしれない。

そして、「フェイス・トゥ・フェイス」ともう一つTMSを高める方法は、全員が全員TMSを高めるのは難しいので、特定の個人にTMSを高めさせるという方法である。

IBMでは「知のブローカーとしての専門職」がおり、部門間に跨る知を繋げているそうだ。

IBMに限らず、大組織では、全員が定期的に顔を合わせるというのは現実的には不可能である。また、業務も事業も細分化されて、連携することも難しくなる。

そうした大組織の場合には、知のブローカーのような人材(=ブラブラおじさん)が重要な役割を担うのは納得感がある。

思えば、妙に社内事情に詳しい方が思いつくのだが、その人に関しては、社内をブラブラしているという目撃情報をよく聞く。

意識的なSMMとTMSが求められる

SMMもTMSも言われてみればある意味当たり前のことだと思うが、でもそれができているかというと、全然できてないような気もする。

●組織のミッションや強みの共通認識を持つ(タスクSMM)
●メンバーの役割分担や強み・弱みを相互に共通認識を持つ(チームSMM)
●社内の誰が何をやってて何が得意かを知る(TMS)

樹形図的な組織の場合、細分化された最小単位の「課」とかでは、比較的コミュニケーションの密度も濃いため、上記は実現しやすい。

しかし、その課の単位でも、それなりに意識的に取り組まないとなかなか難しい。

では、その上の「部」とか、「事業部」などの単位になってくる、でできているのか?というとかなり難しそうだ。

連携会議や横断会議などを各階層で開くと、いたずらに会議を増やす形にもなりかねない。

一方で、事業部制を引いた場合は、当然だが、それぞれの「事業においての目標」があり、それぞれ、ある種独立採算的な考え方で組織を回していかなければならず、自然、他事業部との距離は離れていく。

組織連携が必要なのは分かっていても、なかなか難しく、意識的に会社の仕組みに組み込んでいくことが求められる。

「我々は何の会社なのか?」

SMMもTMSも両方とも大事だと感じたが、私がこの章を読んで感じたのは、「我々は何の会社なのか?」「究極的に、我々は顧客に何を売っているのか?」という共通認識(SMM)が最も重要なのではないか、ということである。

イノベーションを起こし続けるためにも、知の引き出しが必要であり、その引き出しをするには、「SMM」「TMS」が必要ということだが、まず何よりも、自分たちの存在意義、社会的な役割の共通認識こそ、スタートラインになるような気がした。

以前に比べて会社に行く時間も減少する、また、より多様な働き方・生き方が尊重される。そういう時代になる時、ただ何となく、同じ傘の下にいるだけ、という関係になる可能性が以前より高くなるように思える。

この多義的で情報が溢れる時代で、さらに個人個人の多様性が尊重される現代において簡単な話ではないが、問い続けるか/問い続けないか、もしくは議論を諦めるか/議論し続けるか、が大きな分かれ目になると考えている。


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