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文在寅政権の5年間 ③フェミニズムとバックラッシュ~「逆差別」は本当か?

※イメージは韓国大統領官邸HPよりスクリーンショット

 스윗한남という言葉がある。直訳すると「スウィートな男」、つまり女性に優しい男性、男性フェミニストという風になるだろうか。ただ男性中心のインターネットコミュニティーでは、「女性の機嫌を伺う」「女性に媚びへつらう」男性を皮肉る意味で用いられている。ネットで検索すれば、文在寅大統領を스윗한남として皮肉る画像をすぐ見つけ出すことができる。
 いま韓国では、文在寅政権期に盛り上がりをみせたフェミニズムやジェンダー政策を、女性による男性への「逆差別」であると攻撃する層が存在し、その声は大きくなっている。


○「フェミニスト大統領」文在寅

 米国発の#Metoo運動は、韓国でも大きなうねりを見せた。2017年、ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの長年にわたる性暴力が白日の下にさらされると、それまで沈黙を強いられてきた女性たちが声を上げ始めた。この運動は韓国にも波及し、多くの性暴力が暴かれると共に加害者に対する非難の声も高まっていく。告発された加害者の中には、ノーベル文学賞の候補にもなった詩人・高銀(コ・ウン)や、次期大統領候補度まで言われた政治家・安熙正(アン・ヒジョン)も含まれていた。 
 #Metoo運動に先駆けて社会現象を巻き起こしたのが、小説『82年生まれ、キムジヨン』だ。小説の主人公は平均的な韓国人女性だが、その半生の至るところに性差別の不条理が潜んでいる。女性というだけで強いられる差別や矛盾を描いたこの作品は多くの共感を呼び、日本でも翻訳出版され韓国文学としては異例のベストセラーとなった。このように2010年代の後半、韓国ではフェミニズムが大きなムーブメントとなったのである。

 文在寅は大統領に就任する前から自らをフェミニストと称した。2017年2月16日にはある討論会で「性別の違いで差別されてはいけないという確固たる信念を持っている。性平等は人権の中心的な価値」「OECD加盟国と比較して韓国は全ての面で女性の地位が最下位レベルにある。少なくとも平均レベルになれるよう、毎年ジェンダーギャップ指数を点検していく」と発言している。実際に大統領就任後は、康京和(カン・ギョンファ)外相や鄭銀敬(チョン・ウンギョン)疾病管理本部長など、多くの女性を要職に抜擢している。


○保守層の巻き返し「逆差別だ」

 このようなフェミニズムの盛り上がりとそれを支持する文大統領に対して、バックラッシュが巻き起こっているのが韓国社会の現状だ。今年1月18日付の朝日新聞の記事「ジェンダー政策に『逆差別』と反発 韓国の若い男性に渦巻く不満」を要約してみると以下のようになる。韓国で「MZ世代」と呼ばれる20代~30代の男性の間では、政府のジェンダー政策を「女性優遇」「性差別」とみる向きが強くなっている。そんな「MZ世代」には無党派層が多く、3月9日に行われる大統領選挙の行方を占う重要な年代となっている。そのため保守野党「国民の力」の大統領候補である尹錫悦(ユン・ソギョル)は、女性の社会進出などの政策を担ってきた国政行政機関「女性家族部」を批判。自身のフェイスブックに「女性家族部廃止」の7文字だけを投稿した後の世論調査では、大統領候補の中でトップの支持率を得ることに成功している。さらに代表的な世論調査機関のひとつである「リアルメーター」が実施した世論調査でも、女性家族部の廃止に51.9%が賛成しているという。
 女性の社会進出を「逆差別」であるとする主張は、尹の専売特許ではない。2021年6月、若干36歳の李俊錫(イ・ジュンソク)が「国民の力」の代表に選出された。ニッセイ基礎研究所の金明中は「国政の経験がなく、さらに組織も派閥もない」李が代表に選出された理由のひとつに、女性が一定程度社会的ポストに付けるようにするクォータ制度に反対する立場を明確にし「20代と30代男性の心を動かした」ことをあげている。

https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=68075?site=nli

 このように保守派の政治家たちはフェミニズムやジェンダー平等を「逆差別」であると主張することで、「MZ世代」の男性たちを取り込もうとしているのだ。

○本当に「MZ世代」男性は「逆差別」だと考えているのか

 2021年4月に行われたソウル市長選と釜山市長選では「国民の力」の候補が勝利した。この二つの選挙では、保守的な傾向の強い60代よりも20代の男性の方が多く「国民の力」候補に投票したとされる。そのため、この選挙結果を「文在寅政権と与党『共に民主党』が推進してきたジェンダー政策が否定された」と分析する声もあった。

 しかし、本当に若い世代の男性は、現在のジェンダー政策にたいして「逆差別」であると不満を抱いているのだろうか。

 2021年7月18日にソウル新聞が現代リサーチに依頼し行った世論調査によると、MZ世代の女性の73.4%が「女性差別が深刻である」と答えたのに対し、同じMZ世代の男性の69.1%が「逆差別の方が問題だ」と答えたという。

https://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20210719005007

 これだけ見ると、確かにMZ世代男性の多くが反フェミニズム的な傾向を持っているように見える。

 一方、ファクトチェック専門のニュースサイト「ニューストップ」のキム・ジュニル代表は、ソウル市長選と釜山市長選で与党候補が敗北した理由について、20代男性がジェンダー平等に反感を持ったためではない、と分析する。
 まず、当時与党に対する支持は世代・性別を問わず下落しており、とりわけ20代男性のみに見られた現象というわけではないという。また、キムは韓国ギャラップの世論調査をもとに、文大統領の職務遂行に対する20代男性の評価の推移を分析する。それによると、曺国(チョ・グック)前法務長官を巡るスキャンダルなど「公正性」にまつわるイシューが浮上した時の方が20代男性の否定的評価が上昇する傾向があり、ジェンダーや与党系政治家のセクハラなどに関するイシューはあまり影響が見られないという。キムは「重要なのは、20代男性はフェミニズムのイシューもやはり公正というフレームから眺めているという点だ。社会的不平等を正すため女性に特恵や加算点を与えることは公正ではないという主張だ」と分析する。

http://www.newstof.com/news/articleView.html?idxno=11847


 「MZ世代」の男性の中に、ジェンダー政策を「逆差別」「女性優遇」だと感じる人が一定数存在するのは間違いないだろう。しかしそれが大部分を占めるかどうかは怪しく、むしろ現政権のジェンダー政策を批判することで票を得ようとする「国民の力」の選挙戦術は、性差別を深化させる危険性がある。韓国ではいまだに性暴力が絶えず、連日ニュースでも痛ましい事件が報道されている。「男性の方が逆に差別されている」などの主張は、女性に対する暴力をさらに助長する恐れがあるのだ。

 文在寅政権の誕生と前後してフェミニズムが盛り上がりジェンダー政策が一定程度推進されたことは確かだ。文政権が「逆差別」を助長させたというよりは、むしろ未だに根強く残る差別意識をあぶり出したといえるのではないだろうか。

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