【短編小説】 召喚してみた?

 召喚術。

 いや、厨二病か。

 我ながら、全力で自分の腹にツッコミを入れたいが、満腹時に腹を叩いても「はい、私は食事を終えて満足です」と示す記号的な動作になるだけなのでやめておく。

 昼ごはんのチャーハンは美味しかった。

 いや、ここ3日ずっと同じものを食べているから、正直飽きた。

 なんとも粗末な、ごま油をひいたフライパンにご飯と卵とネギをぶちこんで、塩胡椒と醤油で味付けしただけのチャーハン。

 私にできる唯一の料理である。

 なんだ、米と水を入れておけば勝手に美味しく米を炊いてくれる機械はできたののに、それを最低限の食材と共に美味しく炒めてくれる機械はまだできないのか?

 いや、冷凍食品もあるし、弁当買ってきてもいいし、家のコンロではどうせ火力も出ないのだから、本物を食べたいなら店に行くのが正解だろう。

 家にチャーハンが作れる機械は、必要ないんだ。


 まるで、私みたいじゃないか。


「ご飯、作ってくれる人がいたらいいのにな〜」

 つぶやいてみて思ったが、これは、「私のお味噌汁、毎日飲んでくれませんか?」と図々しく告白するより、女の口から漏れるセリフとして情けないものではないだろうか。

 せめて具沢山の味噌汁ならば、飲まされるパートナーにもメリットはあるだろうが、殆ど具のないチャーハンなど、「脂肪と糖に効く」といっていたCMの商品に駆逐される対象にしかならない。

 料理はできないが、飯が食いたいとなれば、作ってくれる人を、探すのは、当然の、道理では?

 つまり、つれあいとなる人物を探すのかと思うと、些か動揺してしまった。


「それで、君はいつ目を覚ますの?」

 リビングのソファーで眠りこけている少女は、王子様のキスを待っているようだった。


 3日前、両親が忽然と姿を消した。

 高校生になっても母に起こしてもらうのが当然だった私は、夏休みの初日から大いに寝坊した。

 生活リズムを崩すと戻すのが大変だからと、夏休み中も基本的には学校に通っている時と同じパターンで動くようにしている。

 いや、させられている?

 17年も続ければ嫌でも身につくのか、本来の起床時間から5分ほど遅れはしたが、自然に目が覚めた私は、「珍しいこともあるものだな」と呑気なことを思いながら、朝食を摂るためリビングに向かった。

 まず、目に飛び込んできたのは、魔法陣。

 そして、謎の少女。

「ん……(おい、ひとんちで勝手に寝てんじゃねぇ)」

 これが、その日、私が初めて発した言葉であった。
 いつもなら、「ん!(おはよう)」というところである。

 少女は魔法陣に覆い被さるようにして倒れていたが、近寄ると微かに寝息が聞こえた。
 目立った外傷もなかったので、床で寝て身体を冷やすのもよくないだろうと、とりあえず、ソファーに移動して布団をかけておいた。

 以来、そのままぐっすりである。

 さて、私の両親は信心深い人間ではない、はずだが、厄介な病を抱えている。

 急に手が疼いたり、目に何かが封印されていると思い込んだりする類の病で、多くの場合、年齢と共に症状が緩和されるはずなのだが、彼らは自分たちの子供がそれを発症する年齢になっても、未だ完治していないどころか、拗れるばかりである。

 それが、夫婦仲を良好に保っている代物であるため、迂闊に「早く目覚めろ」などといってはいけない。

 これまでにも、自分たちの寝室や庭に魔法陣を描き始めることはあった。

 どこで習ってきたのか知らないが、かなり芸術的なセンスを感じるものだったので、ついつい写真に収めてしまったこともあるが、魔法陣が機能したところは見たことがないし、本人たちも満足すればすぐに片付けるので、それ以上のことは何も起こらない。

 無害である。

 無害なはずである。

「ちょっと異世界行ってくる!」と旅行感覚で、家の庭に穴を掘って飛び込む両親ではあったが、失敗すれば素直に「♪日本のどこかに〜」遊びに行く夫婦であった。

「ちょっと世界救ってくる!」と好きな作品のイベントを追いかけて全国を回るオシドリだが、時間魔法でも使えるのか、必ず日帰りで戻ってくる伉儷である。

 私になんの声もかけず、いきなり家を空けたことなど、一度もない。

 自分たちの身体を贄にこの少女を召喚したのか、と考えはしたが、ここは一般的にそのような魔術が使える世界ではないし、将来的にもそんなものが積極的に使われる世界にならならないことを願っている。

 魔法は使えないのが、現実だ。

 では、両親は何処へ。

 この少女を目覚めさせて聞くのが一番手っ取り早い。
 私の両親の行き先は知らなくとも、少なくとも自分自身については語ってくれるだろう。

 人間の形をしている以上、3日間飲まず食わずでは、生命維持に支障をきたす可能性が高い。

 あわよくば、私がご飯を作っている匂いにつられて目覚めてくれないものかと思ったが、効果はいまひとつだったようだ。

 あまりにも気持ちよさそうに眠っている少女を起こすのは、気が引ける。

 これがまた少女の前に”美”をつけなければならない、つまりは”美少女”であって、ラノベにありがちなコテコテの展開ではあるが、正直、ソファーで眠っている美少女は絵になるので、できればもう少し眺めていたいと思っている自分がいる。

 不順だ。
 不潔だ。

 両親が行方不明、謎の少女が来訪。

 まともな思考ができれば、警察に届けるか、少なくとも知り合いに助けを求める状況である。

 しかし、私には友達がいないし、両親の交友関係もよく知らない。

 端から連絡する相手など存在しない。

 この結論に至るまでにかかった時間が3日であり、私が「Now Loading……」状態から抜け出すまでにかかった時間である。

 これから、どうすればいいんだ。


 少女を起こそう。

 そう決めた私は、「んん(起きろ)」と声をかけてみたが、寝息が乱れる気配すらなく、ただ人形のように眠りこけている。

 あ、もしかして、これ、人形なのか?

 触ればわかることだ。
 指で、そっと頬をついてみる。

 ……温かい。

 いや、そもそも息をしている時点で生き物と判断していいはずだ。

 あまりの美しさに心も乱れるというもの。

 どうしたものか。
 水でも飲ませればいいのだろうか。

 コップ?
 スプーン?

 なに、口移し?

 我ながら、引いたぞ。
 何を考えている。

 コップの入った水を片手に少女の横で、深くため息をついた。

 邪な気持ちはないが、ひとまず、私が水を一口飲もう。

 その音を聞きつけて渇きを覚えた少女が目覚めるかもしれない。


 コップから離れた唇が、柔らかいものに触れた。


 陶器のように美しい少女の肌が、私から遠ざかっていくのが見えた。

 起きた?
 それから、今、何をした?

 思わず閉じた瞼を開くと、ソファーの上で目が覚めた。


「妻よ、我が娘が目覚めたぞ」

 父が、また厨二口調で喋っている。
 やめてくれ、恥ずかしい。

「あぁ、心配したのよ。朝起きたら魔法陣の上で寝てるから。今度は、なんの魔法を使おうとしたの?」

 私はーー。


 子は鎹という言葉がある。

 夫婦仲が悪くとも、子への愛情からその縁が保たれるのことの例えだそうだ。


 私の両親は、仲が良い。

 私なんていなくても、むしろ私なんかいないほうが、きっと仲良く幸せに暮らせるのだ。

 彼らには、子という鎹は必要ない。

 あのふたりのことだから、「オッドアイで膨大な魔力と剣姫の才能を持った娘が生まれてくるぞ」などと語り合ったに違いないが、実際に生まれてきたのは、殆どの能力が平均より少し上なだけの、なんの取り柄もない娘である。

 話のネタにもならない。

 彼らが大好きな作品の「〇〇ちゃん」や「〇〇くん」、「〇〇さん」のような魅力は、私には欠片もないのだ。


 私は、私を消してくれる神を召喚した。

 私が存在したという事実を消してくれる神様だ。


 発動条件は、”誰にも愛されていないこと”。


「朝ごはん食べるわよ」

 母に急かされて、ソファーから立ち上がり、自分の席へ移動した。

「今日は、いつもと香りが違うな」
「えび油を使ってみたの」
「そうか、楽しみだ。今日の糧に、いただきます!」
「はい、めしあがれ」

 えびの香りがする以外は、いつも通り、ご飯と卵とネギを炒めて塩胡椒と醤油で味付けした料理が皿にのっていた。

 私が唯一作ることのできる料理。

 それは、母の得意料理でもある。

「毎朝、愛する者たちと美味いチャーハンが食える俺は、幸せだ!」
「あなた、急にどうしたの?」
「な、何度も言わせるな!ッ」

 赤くなった父がチャーハンをかきこんで喉につまらせ、さらに赤くなり、母に背中をさすってもらっていた。

 おそらく父は、あの魔法陣の意味がわかったはずだ。

 召喚魔法は、父が長年挑戦しているものであるし、私が参考にしたのも父の部屋にあった本だから。

 内容がわからなかったはずがない。


 魔法がないはずの世界で、眠り続ける少女と私が過ごした時間は、いったいなんだったのだろう。


 この世界には魔法がないから、魔法陣は発動しなかった。
 神様を呼ぶことはできなかった。

 でも、もしかしたら、発動条件を満たせなかったから発動しなかっただけなのかもしれない。


 だって、私はーー。 



 


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