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和歌山特産品 ~醤油~

みなさん、こんばんは。
鎌倉央昇(かまくらひろのり)です。

今回も和歌山の特産品についてお伝えいたします。
今回は和歌山の特産品の「醤油」についてお伝えしていこうと
思います。

みなさん、ご存じだったでしょうか?
日本の伝統調味料、実は醤油発祥の地は和歌山の西の海岸沿いにある湯浅町なんです。
日本の醤油のルーツは和歌山にあり!!ということです。
「大豆」「小麦」「塩」の3つの原料をベースに作られる醤油は、シンプルながらも旨味がたっぷりです。お刺身や卵かけごはんの味わいをグッと深めてくれる醤油に、こだわりを持つ方も多いそう。

湯浅には今でも数件の醤油醸造家があります。
今回は、昔ながらの手作りの味を職人が守り続ける「湯浅醤油」の魅力をお伝えします。

①湯浅醤油の歴史

言葉としての「醤油」が誕生したのは室町時代です。その後、まもなく湯浅で初めて醤油が販売されたことが、湯浅が「醤油醸造の発祥の地」と言われるゆえんです。白壁や土蔵が並ぶ街を歩けば、老舗醸造家から醤油の香りが漂います。

醤油のはじまりを紐解けば、歴史は古代の中国までさかのぼります。醤油の原型は塩漬け発酵食品の「醤(じゃん)」で、「醤(ひしお)」として日本に伝えられました。醤は現代における醤油とも味噌ともとれるような存在で、奈良時代や平安時代の宮中宴会では、お酒や塩などと共に調味料として卓上で使われていたようです。

鎌倉時代になると、いよいよ醤油の原型になる「たまり」が生まれます。中国から金山寺味噌の作り方を持ち帰った僧が、湯浅でその製法を教えているときにできた偶然の産物がたまりです。その味わいは、たまり醤油に近いものでした。寺院などを中心に受け継がれた製法は少しずつ変化します。そして室町時代に、現代のものとほぼ同じたまり醤油が完成しました。

②「湯浅醤油」とは

湯浅で金山寺味噌や味噌、醤油などを扱う「丸新本家」の看板商品が「湯浅醤油」です。丸新本家は明治14年に「新古商店」として湯浅に創業しました。昭和60年に丸新本家に社名変更をし、平成14年には『世界一の醤油をつくりたい』の想いから、醤油を専門に扱う「湯浅醤油有限会社」がグループ会社として新たに生まれています。

約1500年前の製法がヒントになった「湯浅醤油 生一本黒豆醤油」はモンドセレクション最高金賞を連続で受賞し、プレミア和歌山にも認定されました。金山寺味噌から出るたまりが入った「九曜むらさき」は醤油の元祖とも言われています。一方で、新感覚の調味料「カカオ醤」を販売するなど、湯浅醤油は今までにはなかった素材にも果敢に挑戦しています。

③湯浅醤油と丸新本家のこだわり

2021年に140周年を迎える丸新本家が販売する金山寺味噌や醤油には、国産の原料が使われています。醤油に使われる大豆は、そのまま食べてもおいしい国産丸大豆。国内に流通している醤油の90%以上が海外産の大豆や脱脂加工大豆で作られていることをご存じでしょうか。国産の大豆を使った醤油はわずか3%とも言われています。

醤油醸造の過程では工業化が進み、温度管理により発酵を促進させる温醸方式が現在の主流です。しかし、湯浅醤油は樽仕込みの天然醸造を貫きます。約100年間使用している吉野杉の大きな木樽などでじっくりと熟成させることで、まろやかな醤油が作り出されるのです。気温が低い冬に仕込みを行えば、ゆっくりと発酵がはじまります。1年半以上もの期間をかけて、ゆっくり、じっくり、熟成した醤油は格別な味わいです。


湯浅醤油の醸造蔵は、無料で見学できます。約6tの杉樽が11本も並ぶ醸造蔵は大迫力。もろみがはいった杉樽に実際に触れたり、2階から樽の中身をのぞき込んだりして、湯浅醤油を体験しましょう。湯浅醤油がいかに丁寧に作られているのかが、ひしひしと感じられます。

④まとめ

いかがだったでしょうか?
これを機に和歌山が醤油の発祥地ということを知って頂けると幸いです。
みなさん、湯浅醤油でおいしい料理を作っちゃってください!!!

本記事は以下サイトから引用。

https://www.daiwaresort.jp/kushimoto/feature/kushimotosp_006/index.html

引き続き和歌山の魅力についてお伝えしていきます。
お楽しみに♪♪



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