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【心に残る一冊】火山のふもとで(2012年 松家仁之 著)

映画や小説などの物語との出逢い、それをどう感じるかには、タイミングがとても影響する。
それほど印象に残らなかった作品が、時を経て目にしたときにとても感動したということがよくある。

たとえば司馬遼太郎の「竜馬がゆく」。父親が大好きな作品ということで高校生の頃に薦められたけれど、数ページ読んだきりどうしても興味が続かずやめてしまった。
それが20代も半ばを迎える頃に、どういったきっかけがあったのか、ふと読んでみようとページを開くと、これがとんでもなく面白い。それこそ寝る間も惜しいくらいに熱中して一気に全巻を読み終えた。

当時のぼくは少しばかり社会を経験し、自分の無力さを思い知りながらも、まだ見ぬ先の未来には希望しかもっていなかった。そんなタイミングで出逢った、同年代の竜馬。司馬遼太郎が描くスケールの大きな理想と行動力に、血が熱くなるのを感じた。

この「火山のふもとで」との出逢いは、ぼくにとっては最適のタイミングだったと言える。20代の自分には少し早いだろう。
40代に入り、生きるうえでの「豊かさ」みたいなものを考えるようになった。東日本大震災とウイルスの脅威により、この世界には何一つ確かなことなんて存在しないことを知った。肉親との別れを経験し、ぼくの人生に残された時間の大切さを学んだ。人生の折返しともいえるような時機だ。

この作品を読んでいる時間は、自分がなんだかとても「丁寧に」時を過ごしているように感じられた。他ではあまり経験したことのない、読書としては新鮮な喜びがあった。

村井建築設計事務所のひとびとが、夏の間だけ過ごすのが浅間山の麓にある「夏の家」。
空気は清く、緑深いこの場所で、黙々と設計の仕事に取り組む日常。その中で繰り広げられる、穏やかながらも濃密な人間関係。
文章を追いながら、瞼の奥には豊かに葉を繁らせる木々が映っている。耳にはその葉たちが風にそよぐ音が聴こえている。

劇的な展開が待っているわけではない。わかりやすいハッピーエンドもない。でも「人生ってこういうもんだよな」と心の奥で深い納得がある。

この数年、何が起きても不思議ではない不安定な時代に、生きることの意味とか豊かさとは何なのか、答えのない問いをぐるぐると考え、悩んでしまうこともある。

そんなときに、ふと空を見上げて、大きく深呼吸をしたような気持ちにさせてくれる。それがこの「火山のふもとで」という作品だ。

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