見出し画像

異語り 103 湖畔のホテル

コトガタリ 103 コハンノホテル

修学旅行で富士五湖のホテルに泊まった。
和洋室タイプの部屋で、ベッドが二台と和室に布団を四組敷いて6人部屋として使う。
ホテルには大浴場もあったが、部屋付きのユニットバスも使っていいと許可が出ていた。

「ヤバい部屋だと額の裏にお札とかが貼ってあるらしいよ」

親の目から離れた高校生の話題は恋バナかちょっとヤバい系の話。
さらには若さ故にノリと勢いで生きている様なもんなので、室内の扉と引き出しだけでは飽き足らず、備品のあれこれもひっくり返して大捜索が行われた。
結果は?
もちろんお札どころか何かを剥がしたような跡すらなく、渋々「この部屋はヤバくないらしい」と言う意見に落ち着いた。

「な~んだ。湖のそばのホテルって言ったら絶対何かあるでしょう?」
(ひどい思い込みも若さ故だったと思う)
「じゃあさ、部屋のシャワーを使ってみるのは?」
「ああ! それありそう!!」

じゃんけんで負けた子が使ってみたが、もちろん何も起こらなかった。

「部屋じゃないんじゃない? 夜中に廊下とか出てみようよ」

先生の点呼が済んでから小一時間後
皆でこっそりと部屋を出た。

まっすぐに伸びた長い廊下。
右側には非常灯が灯った防火扉が見える。
左側は湖に面した大きめの窓が付いており、月明かりが差し込んでいる。

とりあえず2組に分かれてそれぞれの端まで行って戻ってきた。
当然何もなかった。

「何もないやん」
「もっと遅い時間なんかもしれんな」
「さすがにもうそろそろ眠いんだけど」

まったく収穫がないまま部屋に戻り布団に入った。

布団かベッドかはこれまたじゃんけんで決めた。
私はベッドを勝ち取り(家では布団なので憧れていた)機嫌良く眠りについた。

そのまま朝までぐっすり眠ってしまったらしい。
それでも六時過ぎには目が開いた。

のっそりと体を起こすと、和室組はもう全員起きているらしい。
ベッドから見える布団はもぬけの殻で皆の姿が見えない。
でも何やら話し声がするから半分閉められた襖の影にでも集まっておしゃべりしているらしかった。

「おはよー」
ベッドから下りつつ声をかけると

ガタンッ  バタバタバタバタ

襖の影から皆の顔が覗いた。

「おはよー?」
もう一度声をかけ直すと、何故か涙ぐみながら抱きついてきた。
「え? なに? どうしたの?」
何か寝起きどっきりだろうか?
ちょっとオロオロしていると、もう一人のベッド組も起きてきた。

そのまま和室の襖の影に連れ込まれると
「大丈夫?」
「どこもなんともない?」
やたらと体の心配をされる。

「なにが? 意味がわかんないんだけど」

和室組の四人が不安げに顔を見合わせ「実はね……」と話してくれた。


廊下探検後、それぞれの布団に入ったものの皆なかなか寝付けずにいた。
「絶対何かありそうな気がしたんだけどなぁ」
ぼそぼそと小声で反省会もどきをしていると、少し生臭いような生焼けのような、水っぽさを含んだ焦げ臭さを感じる。
「やだ、なんか臭くない?」
起き上がる気はなかったが少し首を上げた。
ちょうど足下の先にベッドが見える。

ベージュ色のカーペットに白を基調としたベッドカバー
全体的に白っぽく見えるはずのベッド周りが少し黒ずんで見えた。

「ねえ、……ちょっと……変じゃない?」
思わず周りに確認を求めたら、あっという間に恐怖がこみ上げてきて体が金縛りにかかる。
声に反応した皆もベッドを見たらしく、短い悲鳴や息をのむ声が聞こえた。

固まったままの視界の先で、ベッドの下辺りから漏れ出した黒い何かがまるで燃えるみたいベッドの裾を炙っているように見える。

「いやあぁぁぁぁぁぁ」

誰かの悲鳴で金縛りが解けた。
四人で示し合わせたみたいに掛け布団にくるまって襖の影へ逃げ込んだ。



もう一度確認する勇気はなくて、そのまま朝まで皆で固まってウトウトしていたらしい。

ベッド組としては特に悪夢を見ることもなく、実にすっきりしたいい目覚めだったのだけど……

幸いそのホテルには一泊だけだったので朝食前に荷物をまとめ、そのまま部屋を出た。


備品ではなくベッドの下とかにお札があったのか?
特に何もしていないのか?
確認もしていないし、以後富士五湖に訪れる機会もなかったので真相は不明のまま。
今ならネットで探せば出てくるのかもしれませんが、ホテルの名前も湖の名前もうろ覚えなのでなんとも……。

サポートいただけるととても励みになります。 いただいたエールはインプットのための書籍代や体験に使わせていただきます(。ᵕᴗᵕ。)