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【短編小説】イエロー&ピンク【#夏の香りに思いを馳せて】

「ママ。ファイティンレンジャーのお面欲しい」

「どの色の?」

「レッドに決まってる」

「イエローもピンクも悪くないんじゃない?」

妻が息子に微笑み、それから僕に話しかけた。

「今はイエローも女性レンジャーになったよね」

「あの頃は、ぽっちゃり男性の独占ポジションだったのにな」


***


僕と妻との馴れ初めは、大学時代の夏休み。〈地球戦隊夏祭り〉と銘打たれた、地方遊園地のヒーローショーでのアルバイトだった。うだるような暑さの中、くたくたのヒーロースーツを着て怪人と戦い、子供達をご機嫌にするのがバイトの内容。二ヶ月間の拷問に耐えれば、大学生としては結構な大金が手に入った。二人は打算の働くスーパーヒーローだったのだ。

息子と一緒で、僕もレッドがよかった。

応募面接では、空手経験のある僕の殺陣たてが一番上手かったし、どうせやるならレッドがいいと答えた。しかし、テレビのキャラクターを反映して、レッドやブルーやグリーンのヒーロースーツは長身細身に作られていて、スタイルに多少コンプレックスがあった僕には着られなかった。レッド役に決まったフリーター君は殺陣は下手くそだったが、スタイルは抜群だった。マスクを外してもそこそこイケメンだったのがしゃくに触った。


ステージ後のサイン会でも、人気のレッド&ブルーにはたくさんの子供が列を作った。僕と彼女のイエロー&ピンクは不人気コンビで、サイン会の最中もマスク越しに無駄話をしていた。

「レッドやブルーがモテるのは正直うらやましいなぁ」

「そう?こう君の願いはモテること?それとも愛されること?」

「ん?どっちも一緒じゃないの?」

「ちがうよ。多くの人から注目されるように自分を作り変えるのか、ありのままの自分を愛してくれる唯一の人を探すのか。180度違うこと」

僕はしばらく黙って考えていた。

「モテたいほうなら無理だけど、愛されたい方なら叶えてあげられるかも」

ドキッとして彼女を見たが、マスク越しで表情はわからない。

小さな女の子が彼女にサインを求めにきて、無駄話は終わった。


***



午前のショーが終わり、ステージ裏のテントで昼休憩。大型扇風機の前でマスクを外すと頭から湯気が上がる。

支給された数種類の弁当からカレー弁当を手に取り、彼女の向かいのパイプ椅子に座った。

「さっきの話なんだけど... 僕はモテたいんじゃなくて愛されたいんだ... と思う」

「そうなんだ。てっきりモテたいのかと思った」

サンドウィッチを頬張った口元を手で覆いながら彼女が笑う。

意を決した。

「今日、そこの神社の七夕祭りでしょ。よかったら、桃田さんも一緒に来てお願いしてくれないかな。僕を愛してくれる人があらわれますようにって」

「いいよ。きっと叶うよ」

まさしく天にも昇る気分だった。


次のステージまでの時間、レッドやブルーやグリーンや怪人たちに勘繰られないよう、腕を組んで寝たふりをした。彼女はケータイで時間をつぶしていたように思う。

「起きて。そろそろ午後のステージが始まる時間だよ。急がないと」

声の主は、イエロースーツを着た彼女だった。彼女は高校時代には柔道重量級の選手で、とてもがっちりした身体をしていた。

「もうそんな時間か。ありがとう」

僕は彼女からピンクのマスクを受け取り装着すると、ステージ袖まで駆け上がった。その日のピンクはレッドよりも強かった。


小柄男&大柄女のデコボコカップル誕生の話である。


【企画概要】

夏祭り部門での参加です。


励みになります。 大抵は悪ふざけに使います。