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【ショートショート】スマートミラー【#夏ピリカ応募】

低い鼻、一重の瞼、メリハリのない身体。容姿へのコンプレックスから、自己肯定感が低かった由香を変えたのはスマートミラーだった。2万円で買った最初のスマートミラーは、アルミ製台座に直径20cmの丸型AIモニターが付いた卓上型。音声認識による鏡像加工機能が搭載されている。

「瞼を二重に」

「鼻を0.5cm高く」

「少しだけ色白に」

鏡像加工を微調整しながら、正面を向いたり、少し横を向いたり、頬を膨らませたり、表情を作った。

(かわいいじゃん 私)

鏡像とのにらめっこで満足と安心を得た後、眠りにつくのが由香の日課になった。しかし、絶望までの時間は長くはない。夢から覚めるのは翌朝の洗面台の前だ。前夜の悦楽からの落差により、自己肯定感は一層低下した。

翌月、由香は思い切って洗面鏡型スマートミラーを買った。スマートミラーには、卓上型、洗面鏡型、コンパクト型、姿見型等があり、連動によりどのミラーでも「自分の顔」が再現出来る。洗面鏡型は23万円と、エントリーモデルの卓上型よりかなり高かったが、これにより朝の絶望はなくなった。その後も、洋服や化粧品や美容院に当てられていた支出がスマートミラーへと回された。12万円のスマートコンパクトを使うと、100均コスメでさえディオールの輝きを放った。98万円の姿見型ミラーには流石に躊躇したが、ボディラインの補正機能がついているという。結婚資金にコツコツ貯めていた貯金をはたいて買った。

「ウェストを10cm細く」

「バストサイズは7㎝アップで少し上にあげて」

「ヒップをあと1㎝だけアップ」

微調整を繰り返すうち、姿見にはスーパーモデルも見まごうばかりの美女が立っていた。

(顔とスタイルさえ良ければ着るものなんて結局なんでもいいんだわ)

洋服や化粧品はなんでも良くなってきた。食べるものも毎食即席麺で十分。太ったらまたミラーで補正すればいいし。髪型も補正で。

(そんなことよりも、とにかく次のスマートミラーが欲しい)


由香にとって、現実の自分と遭遇させる鏡は暴力だ。部屋中の鏡はすべて捨て、ガラスは“スリ”の入ったものへと交換した。オフィスや通勤路にある鏡やウィンドウの位置は全て頭に入れ、視線を逸らせて足早で通り過ぎた。鏡の位置の分からない場所には一切外出しない。友達からの誘いもすべて断った。

日に日に愛想と精気と清潔感を失い、太っていく由香のことを心配して、声をかける上司や同僚もいた。しかし、その声は届かなかった。

(ふん、なによ。高い洋服やメイクでごまかしてるだけで、本当は私よりかわいくないくせに。本当の私は私だけが知っている。人がどう思おうと構わない。そっか、これが自己肯定感か。もしかして私の高い自己肯定感に嫉妬してるの?)

終業時刻になるやいなや、由香は何も言わずにそそくさ帰宅するようになった。

一刻も早く、十枚もの姿見に映った「本当の私」と、恍惚の時間を過ごすために。


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