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再掲載:短編小説「いじわる」



 「なんで、お母さんはそんないじわるなことを言うの?」花柄のワンピースを着た、5歳になる女の子がそう玄関で叫んだ。普段の彼女の笑顔は、袖を通しているワンピースの柄の様に眩しい。しかし、目に涙を溜めている今の姿は、腰付近の皺が寄った花柄にも劣るだろう。



 「そうだ、そうだ。実際にやってみればいいさ」玄関からは見えないリビングのコタツで、寝転ぶ祖父が孫娘に声をかけた。「お義父さんは余計なことを言わないでください」女の子のお母さんは、祖父の思いやりの言葉を切り捨てた。



 お母さんと女の子は玄関で対立していた。普段は娘の目線の高さに腰を落とし、話しかけてくれる優しい母はそこにはいなかった。母は仁王立ちで娘を見下ろしていた。そして、母は話し始める。



 「いい、貴方が傘で空を飛ぶなんてできないの。貴方は鳥じゃない。絶対に飛ぶことなんてできないの」母の言葉は厳しいものであった。善悪の区別がある程度できるようになった娘。友達のおもちゃをとってはいけない。友達とは仲良く遊ぶ。日常生活で培った常識は確かに娘の中で育っている。しかし、空想と現実の境についてはまだ理解が及ばないようである。



 「そんな怒ることじゃねえべ。やってみたら飛べさ。きっとあのメリーポピンズみたいにフワーと飛べるぞ」祖父の声は場を和ませようとしているのか、より陽気な声を玄関に届けていた。



 「いいえ、飛べません。いいですか、そんな考えはやめて早く戻ってきなさい」母にも少なからず空想に体を委ねる時代があった。しかしそれは遠いはるか昔のことである。母には娘の希望をかたくなに否定することが、どれほど残酷かわかっていないのかも知れない。



 母の残酷さにより、娘の感情をき止めていたダムは決壊した。涙と共に嗚咽が混じり、それでも発散しきれない感情は女の子の両足を地団駄踏ませるに至った。その叫びがまるで呼水になったように扉が開き、お父さんが帰宅した。



 「なんだいこの騒ぎは?玄関で一体何してるんだい。こんなところにいないで、早く掘り炬燵から地下に避難しないとダメじゃないか。今日は今年最大のトルネードが来るんだぞ。なんとかこの家を逸れてくれるといいんだが……」




 息子の玄関での話を聞き、祖父は真っ先に掘り炬燵から地下へ降りていった。温暖化が進んだ現代、名作と言われる500年以上も昔の映画はある種の毒である。遥か昔のできなかったことと、できたことの判断がつかないのである。そう、この家に住む祖父のように、〝今の世界なら〟本気で空を飛べると考える人物もいるのである。



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