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ポスターに騙されるな!

今年、日本で公開されたアメリカ映画は良作続きだったと思う。
『スリー・ビルボード』に始まり、『フロリダ・プロジェクト』、『ウインド・リバー』、そして(小説だが)『ブルーバード、ブルーバード』と、アメリカが忘れようとも付き纏う汚点に、誠意を持って向き合う作品が多かった。

ささやかながら、自分なりにこの一年に意味を与えようと、先送りにしていた映画を観た。

『ブラック・スネーク・モーン』。
ポスタービジュアルが語るように、この作品は、初老の黒人がロリ顔白人を鎖で監禁する不謹慎なポルノ映画……ではない。
これは、サミュエル・L・ジャクソンとクリスティーナ・リッチの怪優ふたりが、語り尽くされた「南部」の話に、馬鹿が付くほど真面目に体当たりした、誠実な、そして少し捻りの効いたブラックスプロイテーションだ。


南部の片田舎で細々と暮らす黒人農夫・ラザラス。妻は彼の弟と関係を持ち、去っていった。
恋人が入隊し、行きずりの関係で寂しさを紛らす白人女性・レイは、幼いころの虐待が原因で色情症に苦しんでいる。
実戦で銃を撃てないレイの恋人は、戦争を前にして、男性としての不能を感じている。
アメリカ社会の縮図でもがく彼らの人生は、やがて交錯してゆき……。


王道の要素が、期待通りの人種差別を露骨にあぶり出すのかと思いきや、然にあらず。
この映画、小品ではあるが「帰還兵もの」ひいては「失われたアメリカン・ドリーム」の作品として立派に成立しているのだ。

黒人農夫はメンターとして留まり、物語はレイと彼女の恋人の話で結末を迎える。
彼らの行く末を画面外で見せる、歯切れの良い終劇は『スリー・ビルボード』のあの感じにも通じる。

『ローリング・サンダー』の心苦しさも、それはそれで良いのだが、年末に観るには荷が重い。これくらいの、ライトな社会勉学が欲しいときもある。


本作のポスタービジュアルにしろ『ウインド・リバー』のそれにしろ、誰が、どういうつもりで構築したのだろうか?

(文・GunCrazyLarry)


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