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日記未満: ソントクヲソンタクシナイ

例えば「勇気をもらった」と言うのではなく「勇気を感じた」「勇気が出た」。人から与えられなくてもいいし人に与えなくてもいい、与えようと思わなくていい。見る・見せる見せつけるのはいい。与えようというのは何処か少し傲慢だ。勝手に感じて勝手に出せ。ギヴ&テイクでもギヴ&ギヴでもテイク&テイクでもいいんだけど、それは口に出さず勝手にやれ。言葉に出すな、言葉に出してそれに自分で酔うな。繋がりたがりすぎる。浮ついた言葉遊びのそんな繋がりは結局、薄っぺらい。

そんな風潮なのに年金とかの話になるとすぐに払い損だとかに目が行く、そんな単語に引っ張られる。年金制度は本来、互助会のようなものだ。相互助け合い制度だ。但し自分達が助けるのは上の世代で自分達を助けてくれるのは下の世代だ。ペイフォワードの考え方だ。自分が払った分を回収するシステムではない。人口減少に伴う現役世代の縮小と高齢化社会による歪で従来の年金のようには行かなくなってるのは全体として資金運用的にも高齢化社会に対応出来るシステムとしても改良すべき話である。しかしそれはそれ、払い損とか損得勘定を持ち出したのはそもそも誰だ? 此の手の話は大抵、自分の食い扶持のネタにしたヤツがいるってことになる=大衆は損得の話が大好物だから。ヤツらの行動規範は活動家と同じだ。危機感を煽って(著作を売ったりして)金を得る連中だ。鵜呑みにしちゃダメだ。何も目指してはいない。目先の自分たちの利益だけだ。

さんざ不安を煽るから将来を恐れて手持ち資金を貯めこむ。市場に出回らないお金が増える。景気は市場に出回っているお金の額の多さで決まる。より多くのお金が回れば、みんなが使ってみんなが儲かる、お金がどんどん循環する度に誰かの利益になる、ひいては自分の利益にもなるのだが貯め込めば循環しない、一部で偏ったままだ。それがこのところずっとの実態だ。イメージで起こした不景気感だ。一部に偏ってお金があるからホントにお金が回ってこない人も出る。価格が安いモノはありがたいが安すぎると利益を圧迫する。原価を下げる必要が出る。原材料をケチっても限界がある。人件費を削ることになる。給料が中々上がらない理屈はここにもある。

不安を煽るだけの識者をまず疑え。高景気はお金を使うことだ。不景気はお金を使わなくなることで生じる。ということで、まずはおいらにお金を使え(うそうそ。有意義なことにでも無駄なことにでも好きなようにバンバン使え)

ふと思い立って「おにくの日」「てんやの日」「娘悪魔(こあくま)」マガジンを作った。モレはあるかもしれないけど(お肉の日はけっこうモレてた。でも多分網羅できた)、ようも狭いネタで毎月一度は繰り返し描いてる(自画自賛)。

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