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青春の日常

かつて住んでいたその土地から、自転車を勢いづけて飛ばし30分もすると茶畑がある。
全国規模では、全くと言ってよいほどに知名度がないが、そのあたりには良質な茶葉が取れる事で昔から有名だった。

時は20年前に遡る。
平成の中ごろというのに、気に入らない生徒を便所の下駄で殴りつけ、さらに授業中に立たせたあと、自身の気が済んだら座らせるという行為に耽溺した教師がいた。
その教師の出身地こそが茶畑のある町であり、その教師のすすめで茶摘みに行く事になった。
友人Aと友人B、そして私の3人。大して仲は良くなく目的はただ一つ、内申点だった。

柔らかい新芽のみを摘むよう教えられ、ツヤツヤしたその小さめで柔らかな葉を一心不乱に摘んでゆく…とはいかなかった。
友人のAが、なんと自身の両親の性生活を奔放に暴露し続けたのだ。
そのあまりの下品さに、最初はお茶だけにちゃちゃを入れにきたオッサンまでも、最終的にはなにも言わなくなった程だ。

友人Aはなぜそんなことを知っているのか。
それは勝手に両親の寝室に忍び込み、そのゴミ箱から性生活の証拠を得ていたからだ。
「私の両親、現役なの」
それが彼女の口癖だった。(まあ気配を匂わせまくっている時点で、性的虐待は濃厚だが)

そんな調子で、美しい茶畑を眺める余裕などなく、そもそもこの時期の茶畑は黒い覆いがしてあり、その中で茶摘みをしたので、目の前に広がるのはひたすら深い緑だった。
お昼を食べた記憶はないが、確か朝から昼過ぎまで5、6時間の作業をし、さすがに後半は疲れてきて、乱暴に茶葉をカゴに入れていた。
もはや何も感じず考えず、友人Aのおしゃべりもどこかに消え、ただただ作業に徹した。

作業を終え、黒い覆いの中から出ると、太陽が眩しく開放感があり、ようやく終わったと気分の良い達成感があった事をおぼえている。僅かな工賃(500円くらい)をもらい、軽トラの荷台に乗せてもらい、茶葉と共に移動する。それがなんとも爽やかで気持ちよく、同時に、あ、道路交通法的に、もう二度と乗れないんだろうな、となどと思いながら、貴重な体験だ、大切にしようと感じた。
今思えば、ホント軽トラごと茶畑に放り出されなくて良かったし、それ以降、軽トラの荷台には2度と乗る事はなかったので、よい経験をしたと思う。

帰り際に、お茶畑の持ち主からお声掛けいただき、そこの畑でとれたお茶(お茶畑の主人いわく、お茶っぱは商品だから煎れられないから茎茶だよ。とのこと)のお茶をいただき、お茶菓子まで頂いた。
今思えば、当時中学生だった私たちをとてももてなしてくれたのが、当時は全く気がつかず、ふーん、といった感じでそれを口にした(無論お礼はしたが)

それが、一口のむと、ふーんお茶か、では済まされなかった。
めちゃくちゃ味が濃いのだ。まず香りがちがう。ボワッと強く漂う芳香は、今までテケトーに淹れてのんだお茶とは全くちがうのだ。
ちがうだろ?と茶畑の主人はいう。
ウンウンと精一杯頷くしかなかった。
あの時ほど濃く、味わい深かったお茶は多分まだ出会ってない。煎れ方もそうだが多少なりとも作業で脱水気味になっていた故、めちゃくちゃうまかったのかもしれない。
渋みもそれなりにあったが、幾分甘みも強くお茶の底力を感じる味だった。

そんな爽やかさとささやかなお小遣いをにぎりしめて帰ろうとすると、例の友人Aがトイレに行きたいと言う。しかも急を要してるというではないか。
なんだこのバカいい加減にしろよ、友人Bと思いながら話し合った結果、川ですればいいんじゃない?という結論に達した。
近くには、人が住んでいるかすら分からない民家はあるものの、コンビニはない。もう苦渋の決断だった。だからあの時トイレ確認したじゃん。行けよマジで。

なんとか川まで降りられる場所を見つけ、テキトーに見張りをし、友人が用を足すのを見守った。ようはやってるところをみていたわけだが、みるみるうちに川が増水してきたのだ。

「ヤバイ、離れるぞ」
友人Bは言った。思ったより増水のペースが早い。
友人Aはまだ用を足している。えぇ無理だようぅと言いながら。
早くおいでよ!と怒鳴りながら、川から上がることを促した。
ズボンやら靴やらをビショビショに濡らしながら戻ってきた友人Aは、あー怖かったと呑気に言いながら自転車に跨った。すでに彼女のいた場所は、すべて水に浸かっていた。
今思い出しても、増水の勢いというのは凄まじく、絶対川で無闇に遊んではいかん!と思ったのでこれもまた無駄には出来ない体験だった。多分。

青春とはいったい何なのか。
それは誰にもわからない。でもこの訳の分からない体験は、私にとって正に青春だった。
そして帰り道は、茶摘みの話しは一切することなく、ただひたすら川が怖かったことを、友人ABと話しながら帰った。
そして件の教師の伝えたかった事は今も何も分からないまま、友人A Bとはすっかり疎遠になっている。


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