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#2 心が止まった日


いつもと変わらない月曜日の朝です。

違うのは、わたしの頭痛がひどいだけ。
子どもたちに会えば治るだろうと思い、朝は職員室から出て教室で、生徒を待ちました。

子どもたちはいつも通り元気いっぱいに入ってきます。
「おはよう」と声をかけたけど、喉の奥がつっかえるような感じがして、いつもより確実に元気がないように感じました。

頭痛のせいだと思いました。


朝の打ち合わせのために職員室にもどりました。そのとき、頭痛に気を取られて、土曜日の保護者からの電話の件を上司に報告するのを忘れていたことに気づきました。

打ち合わせの前、あわてて報告すると
「でもダメなものはダメだから、学校としてそこはきっちりやろう」ということになり、
朝学活の前に、わたしも含めて複数教員でその生徒を指導することになりました。

ああ、
またつづくのか…と思いました。


仕方がない、必要だということなのはわかっています。他の生徒のためにも。
だからこそわたしは、その生徒に心の中で「ごめんね、ごめんね」と何度も謝りました。
わたしの対応の甘さや後手後手さに責任を感じていました。
もっとわたしがうまくできればよかったのに。
こんな大事にならなかったかもしれないのに。

まだこの先がある。

気力がゼロのわたしに、生活指導がズンッと、のしかかってきました。



職員室での朝の打ち合わせは、文字通り心ここに在らずでした。
打ち合わせが終わって教室に行く時間になっても、わたしのからだもこころも、向かおうとしません。

階段をやっとの思いで登って、わたしの担任クラスの前まで来たとき、
急に
「一旦座りたい、休憩したい」
と思いました。

動悸がして、立ちくらみがして、その場に座りこみました。

頭痛のせいだと思いました。


そこから、涙がぽろぽろでてきました。

無意識の涙でした。なんで出てきたのかわかりません。止めようと思っても止まりません。


すぐそこにいた支援員のベテランの先生が、異変に気づいて駆け寄ってきてくれました。
そのときにはもう、涙とともに過呼吸も出ていました。

ぎゅっと体を支えてくれて、
「一旦職員室に戻ろう、朝礼のリモートの準備だけして、副担の先生に任せよう。大丈夫、大丈夫だよ」
と言ってくださいました。

座り込んだその場でパソコンを開こうとするのですが、手が痙攣を起こしてキーパッドすらうまく打てません。
身体が動かないのです。

自分の手をもう片方の手で支えながら、まるで重い自分の体を自分で操作するようにパスワードを打ち込んで、リモート画面を立ち上げて副担の先生に託しました。

頭痛のせいだと思いました。



職員室に戻り、それでも涙は止まらず、
生徒や先生たちを混乱させないように、別室に移されました。
表情筋は死んでいました。
無表情・無感情。
あの時の自分は今でも怖いなと思います。

仲良くしている用務員さんも、すぐそこのコンビニでゼリーや飲み物を買ってきてくれて、背中をさすってくれました。


「どうしたの?」
「何があったの?」
ときかれました。
でもなにがつらいのか、いやそもそも自分はつらいのか…脳が動かないから全くわかりません。


さっきわたしの異変にすぐ気づいてくれたベテランの先生に
「今日の授業はやりたい?」
ときかれました。

「涙が止まれば…たぶん、無理すればできると思います。わたしの穴が空いたら、みなさんに迷惑がかかってしまう…それが申し訳ないです…」

もう一度聞かれました。
「ううん、できるかできないかじゃなくて、
"やりたい"?」

やりたいかどうか?
え、え?
やりたい?
授業を、やりたい?
あれ?あれれ…?

ぽろぽろと涙が出てきて、わんわん泣いたあとに、

「…わからない………
自分の気持ちが、わかりません……」

と言いました。

「じゃあ今日は休もう!」

その支援員のベテラン先生はそう言って、管理職や上司に話をつけ、授業の調整を頼んで、休む支度を整えてくれました。

「そしたら、わたしももう帰ろうかな。いっしょに帰りましょう!
今日は何にもないから、いっしょにそこらでランチでも食べましょう😊」

その先生は、無表情・無感情のわたしを連れて、ランチに連れて行ってくれました。

いろんな先生が玄関先で見送ってくれました。
泣きながら学校をあとにして、ランチをして、家に帰りました。
あのベテラン先生の存在がどれだけありがたかったか…ランチをしている間は、会話ができました。本当にありがたかったです。

昼過ぎに別れて家に帰ってきました。
一人暮らしのわたしは、家に帰っても誰もいません。
まるで真っ暗なブラックホールの中に自分が放たれたようでした。


今自分の身に何が起きているのかわかりませんでした。
夜、事情を知った友達が会いにきてくれたけれど、無表情でたんたんと話し、しきりにぽろぽろと涙は出るままでした。申し訳ないと思いました。


無意識に出る涙をどうすることもできないまま
心が空っぽのまま、その日は寝ました。


心が止まった次の日、
わたしはいつもより少し遅めに、学校に行きました。


つづく…

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