孤独とアイ③

あの人は席に着く。一番前の席に。
大きな丸太を彫刻刀で削ったような後ろ姿。あの背中に私は手を這わせていたのか。血液の川に沿って小さな手で撫でていた。撫でるとその動きに沿って私の汚れている背中も撫でてくれたことを思い出した。

大教室のステージの十字架が不気味な存在感を放ちながら影を作っている。まばらだった人がどんどん集まり、席を蟻のように埋めていく。その流れとともに、私の思考も戻って来る。あの人からみて6、7列ほど後ろの私は茶色のノートを取り出して当てもない数字を書いていた。

1798,9,88

まったくもって意味のない数字である。ノートの切れ端に書いたそれは自分の誕生日をぐちゃぐちゃに並べ替えたものだった。しかし、何度も同じ数字が出てきている。私は頭の回転がいい方ではない。数字を考えながら綺麗に頭の中で並べることすらできないのだ。

チャイムがなった。トーンチャイムの優しい音色。これから頭の痛い授業が始まるというのに、このチャイムを聞くとなんだかだだっ広い草原に昼寝を今からするような気持ちになった。すると誰かが呼んだ。

「アイ、おはよ」

同級生のカシワだった。まっすぐに伸びた髪の毛は少し傷んでいる。随分前に茶髪に染めた影響みたいだ。邪魔なのだろうか、それとも急いできたのかわからないが後ろ毛が若干気になっているらしい。細身な彼女はジーンズと清潔感のあるシロのブラウスがよく似合う。
「おはよう。今日はギリギリだね」
「バイトの新人の子が昨日時間になってもこなくてさ。電話で聞いたら今日は病欠しますってきてね。その子の代わりに閉店まで店にいて、ギリギリまで寝ていたらこの時間。うしろから、パチンコの音が聞こえたのは気のせいかな?」
普通だったらイライラする話だろうに。カシワは何事もなかったかのようにそれを話した。歯をみせずににっこりと海のように微笑むカシワ。カシワには自分の見せ方をよくわかっていると思う。
「パチンコで病欠はなかなか肝の据わっている子だね。あなたより年下でしょ?高校生だっけ」
「そうそう。しかもバイトの面接のとき偶然あったんだけどさ、ツンツンの真っ赤っか。赤ザルみたいだったよ」
まさか彼女の口から赤ザルというような言葉がでるとは思わなかった。しかしツンツンの赤ザル。見た目はちょっとバカっぽいと思ってしまった。カシワは余計なことはなにも言わないが、時々ユーモアがあることをいう。そんなカシワが私は気に入っている。
「あ、アイ。先生来たよ。今日は何色のスーツだと思う?」
白髪ベースのおじいじゃん先生は黒に近い緑のスーツを着ていた。ナンセンスだ。

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