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柚木裕子 「ミカエルの鼓動」を読む

大天使ミカエル像は、右手に剣を左手に天秤を持っている。それが示すものは「公平、平等、正義」。柚木氏の「検事」シリーズにも象徴的に出て来る。彼女の書きたいものは何なのかを思わず慮る。

今度の舞台は病院。ロボット支援手術を推進する西條医師が主人公。ロボットの名が「ミカエル」。ロボットによる手術というとAIによる全自動手術なのかと思わず早合点しそうだがそうではなく、あくまでも動かすのは医師だ。難易度の高い心臓の手術を「ミカエル」を使用することでより速く負担なく、誰にでも施すことで多くの患者を救うことができる。全編を通して西條医師の「公平、平等、正義」への忠誠が試される。

医学的な描写に馴染むまで苦労したものの、途中からはストーリーの面白さに読む手が止まらなくなり一気に読んだ。手術場面は、結末を予想していたものの緊迫感が凄まじく、早く終わってくれと願いながら読み進んだ。

病院ものというと、どうしても「白い巨塔」を思い浮かべてしまう。頭の中ではずっとちょっと若い頃の唐沢寿明と江口洋介が浮かんでしょうがなかった。

多分、作者の書きたいことは舞台が変わっても変わらないんだと思う。自分の中の「公平、平等、正義」に忠実であるとは如何なることなのかをずっと問うてるような気がする。医療関係が舞台なだけに「いのち」とは、「いのち」を扱うとは、という問いも付随する。

柚木氏の書くものは、真っ当で好きだ。また、氏が丹念に取材を行って書いているところも好きだ。だから読んでいて面白い。

欲を言えば、医療器具メーカーと病院側との関係、ひいては国の責任などもっともっと深く切り込んで欲しかったがこの本でメインに書きたいことはそうではないのだろう。そこまで詳細に書くと話はもっと大きくなるし広くなりこの枚数では収まらなくなるだろう。

不思議なのは、心臓は白い、というイメージ。自分には心臓は赤、というイメージがある。白いということは動いていない心臓という意味だろうか。だとすると、プロローグ、エピローグに出てくる雪山の白さは非常に象徴的だ。死と隣り合わせの中、人は自分の体の中に生きようとする意志を感じとる。

一度読んでしまったが、ちゃんと読まないと理解できていないことが多い。本は読み手が内容を評価すると同時に読む側も理解の度合いを試される。

読書は楽しい。そして実は著者からの挑戦なのでもないかとも思う。

この本を読み終えた後、心がザワザワと震えた。読後、心揺らすような何かを後に残す作品は良質。

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