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ハチャメチャ

 自分にはやめられない癖があった。アニメやゲームの映像、漫画のシーンなどを見て、特に戦闘シーンに触発され、ハチャメチャの時間を延々と続けてしまう。
 ――テスト勉強で徹夜のつもりがソファに飛び移り、家族が寝ていて誰にも見られないからと、ハチャメチャを繰り広げているうちに朝を迎える。
 ――お風呂から上がってもバスタオルを頭から被ったまま、足拭きマットの上で長時間座りこみ、ぶつぶつと破裂音を鳴らして空想に耽る。
 などなど。
 見えない敵と闘う。幼稚だとわかっていてもやめられないのだった。何故、やめられないのか。それは自分の大きな謎だった。
 ハチャメチャは、恥ずかしい、誰にも見られてはいけないものだった。ハチャメチャの最中に家族が通りかかったときは、エネルギー波で吹っ飛ばされる勢いを利用してそのまま畳んである布団へとなだれ込み、ちょうど寝ていましたというアピールでその場をしのぐこともしばしばあった。見えない敵と闘っている。その姿の幼稚さに呆れる。まともな方へ。しかし、自動で体が動き出すように、天井と壁に囲まれた部屋の中へ、ハチャメチャがうごめく時間へと引き戻され、幽閉される。やめることができない。わざと壁に体をぶつける。うわー、とか、何故だ!? とか言いながら床に倒れる。それも、何を言っているのかわからない小さな声で「うわー」や「何故だ!?」を、言っている。というか、まともにセリフを言っていないことも多く、セリフを言っているということにして、想像の中だけで戦闘シーンが進行し、体はわずかな挙動だけすることがほとんどだった。敵と闘っているのではなく、壁や天井を相手に闘っているかのような馬鹿らしい時間。
 ごっこ遊び、とは言えないと思っていた。というのも、例えば映像の中の特大のスイングが、実際のハチャメチャでの体の動きとしては、テーブルのちょっと離れた位置にある醤油を取ろうと腕を伸ばすといった、地味でゆっくりなものだったからだ。必殺技の名前を決めセリフのように叫ぶシーンなども、破裂音のようなほとんど息だけの音を唇で鳴らす。地味なのである。
 つまりこのハチャメチャの時間のあいだ、自分は意味のあることを何も成していない、全く意義のない時間を過ごしているのだという虚無感があった。字を書き損じたかすれのような、見栄えのしない切れぎれの挙動を小刻みに、それを延々と繰り返す。繰り返すその流れに身を乗っ取られる。バカか、と思っていた。だが、やめられないのだった。

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