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私のランドスケープ留学前夜

肌寒くなってきた秋頃、メルボルン大学から入学許可書のメールが来た。
ただそれは条件付きの入学許可だった。
英語の点数が大学の求める点に届いていなかったのだ。
英語のテストを受け直して、基準を超えたら正式な入学許可書をくれるとのことだった。

「もっと気持ちを入れて勉強すれば良かった。」
そんなことを言っても何も変わらない。
メールを見ていたソファーからまた机に戻って勉強を始めた。



数ヶ月後、努力は実った。
TOEFLの点数が大学の基準を超えたのだ。条件付きのオファーの期限内に受けられる最後のテストだった。久しぶりに嬉しくて泣いた。20代後半にもなって。


だが、私の将来にまたしても暗い霧が立ち込めた。
TOEFLの点数が基準を超えたことをメルボルン大学に連絡したが、
大学から一向に返信が返ってこない。
連絡をしてもう1ヶ月になる。授業が始まるまで5週間しかない。
行くことになるのであれば、航空券を買わないといけない。
正月も近付いてきた寒空の中、国際電話を5回もしたが、「今対応している」と、返されるだけだった。


居酒屋で父と相談をした。
「条件はクリアしたから大丈夫なはずなんだけど。オーストラリア人、やっぱりのんびり屋なのかな。」
「うーん。もう行って確認するしかないんじゃない?」

家に帰ってすぐに航空券を買い、パッキングを始めた。


授業が始まるまで2週間。
私はメルボルンに向かう飛行機の中にいた。
期待、興奮よりも不安の方が大きかった。
帰れと言われたらどうしよう。お先真っ暗だよ。まぁ旅行して帰るか。
そんなことを考えながら、上空の景色を眺めていた。


真夏のメルボルンに着いてすぐ大学の事務所のドアを叩いた。
正確には自動ドアから中に入った。
事務員は若いオーストラリア人。下手な英語で事情を伝えた。
一応は伝わったけれども、彼女にはどうすることもできないと言われた。
「同じように入学手続きを待っている学生がたくさんいるから対応が遅れている、メールを待て。」
というのが彼女の答えだった。


仕方ないので、夏の陽気が漂う街をぷらぷらする他ない。
ぷらぷらして気を紛らわせるしかないのだ。
人がグダグダと寝転ぶビーチで夕焼けを見ていたら、1週間が過ぎ、オリエンテーションの日になってしまった。まだメールは来ない。

正式な入学許可書をもらっている新入生と一緒に、大学と授業の説明を聞いた。
もし大丈夫だった時に、大学のことを知っておいた方が良い。
新入生達の幸せで楽しそうな顔。ただ羨ましい。
不安なまま、一応、交流会にも顔を出した。
もし大丈夫だった時に、友達がいないのは寂しい。

親切そうな中国系の留学生が話しかけてくれた。
色々、話を聞いていると、彼らはもう履修登録をしているらしい。
学生証の発行も終えているらしい。
「それをやっていないのはまずいのか」、と聞いたら、
「かなりまずい」、と心配そうな顔で返された。

「まだメルボルンに住めるか分からなかったから、SIMカードも、銀行口座もない」
と、伝えると、
「とりあえず、デザリングでネット使わせてあげるから連絡先交換しようよ。色々と助けるよ。」

ありがたく、インターネットに繋がせてもらい、facebookを開いていたその時。
ケータイに大学から正式な入学許可のメールが届いたのだ。


突然の喜びにしばらくしばらく思考が停止してしまったが、留学生の彼は冷静だった。
「じゃあすぐに銀行口座に行こう。」
と大学内にある銀行に連れて行ってくれた。
そして唐突に私の留学生活は始まった。


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