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『ある夏の夜』

ある夏の夜。まとわりつくような湿気と、ざらざらしたコンクリートが、僕を部屋へと追い立てた。ぐるぐる回っては、頭と心を修理点検する、理性とかいう小さなおもちゃは、僕の存在の重力に負けて、深く深く、落ちていった。ぽちゃんと落ちて、その波紋も振動もはるかかなたへ旅に出たあと、残るのは沈黙と闇。

それでも、目や耳が落ち着きを取り戻して、吐く息が壁にあたって戻ってくるのが分かるくらいになると、やっぱり、まだ震えるものを感じて、風通しのために少し開けていたドアさえも閉めた。ああ、なぜ僕はここにいるんだろう。

きらきらしたものなんて、もう消えた。ただ残像ばかりゆれては、闇の中へと消える。しとしとと頬を伝い、すーっと幹を辿っては、落ち葉へと滲み込んでいったしずくは僕の海の片割れ。腐食層を這い、小さな焚き火へ、一歩一歩侵食していった。

僕の繊維の一筋が、波打ち際の砂のように、震えながら大いなるものに一体化しようというそのとき、たきぎは炎という夢を捨て、頭は空へ、足は地へと向かっていくことに、安らぎさえ覚えた。大きな弧を描いて帰ってきた水の声を聞くまでは。その火を絶やさないで。

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