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デブオタと追慕という名の歌姫 #03



第2話 デブとヘタレの二人三脚 ①


「おはよう!」
「ひゃあっ!」

 朝もやの残る公園の入り口に半分寝ぼけ眼で立っていたエメルは、ふいに後ろからでっかい声で呼びかけられてびっくり仰天、飛び上がった。

「お、おはようございます……」
「エメル、声が小さい! 大きな声の挨拶はプロへの第一歩だぞ! ガーハハハハ!」

 エメルは昨日、プロ歌手目指して特訓を始めるから明日から朝六時に公園入り口で待っているように、と言われていたのである。
 しかし実際に来て見ればいきなり驚かされ「どうだ、目が覚めたろう」と朝からハイテンションなデブオタを前に、困ったような笑みを返すしかなかった。

「それにしてもその格好は……」
「おう、日本じゃプロへの特訓といったらまずこれが基本なんだ」

 昨日アニメのTシャツを着ていたデブオタは、どこで見つけてきたのか今日は色褪せた水色のジャージ姿でママチャリ自転車に乗っていた。
 見るからに垢抜けないダサい格好に加えて、手には何故か竹刀を持っている。

「そしてこれがお前のだ」

 歌手に向けてのレッスンと聞いてどこかのスタジオで歌の練習を想像していたエメルは、いきなり赤いジャージとスニーカーの入った紙袋を目の前に突きつけられ、これから一体何が始まるのか訳がわからずキョトンとした。

「これは……」
「グズグズしてるんじゃねえ。さあ、あそこのトイレで着替えて来いッ! 制限時間は五分。一秒オーバー毎にペナルティー追加だぞッ、ハリィッ!」
「は、はい!」

 デブオタの楽しそうな怒号に追い立てられ、エメルは慌てて昨日デブオタが飛び出してきたトイレへ向かって走り出した。

「き、着替えてきました……」
「おう、ギリギリ五分だ。間に合ったな」

 しばらくして息を切らせて戻ってきたエメルから服と靴を入れた紙袋を取り上げて自転車のカゴに放り込むと、デブオタは竹刀をブゥンと振り下ろしてニヤリと笑った。

「さあ、行くか」
「行くって?」
「決まってるじゃねえか、ロードワークだ」

 これから走らされるのだと知ってジャージ姿のエメルは、たちまち真っ青になった。

「む、無理です!」
「黙れ小娘! 泣き言なんざ、走り終わってから聞いてやる。最初はソフトに二キロコースだ。徐々に増やしてゆくぜ、オラオラァッ!」

 芝居がかったデブオタの雄叫びと唸りを上げて振り下ろされる竹刀に脅され、「ひぃっ」と悲鳴を上げたエメルは、泣きそうな顔のまま慌てて走り出した。

「最初はゆっくりだ。ペースを作って走れ。バテるぞ」
「はっ、はひっ!」
「それから呼吸はスースーハッハッで小さく二度吸って小さく二度吐いての繰り返しだ」
「スースーハーハー、スースーハーハー」

 走るというより速歩に毛が生えた程度のペースだったが、エメルが何とか一定のスピードで走り出したのを確かめると、デブオタはおもむろに自転車に据え付けたラジカセのスイッチを入れた。「ロッキーのテーマ」が流れ始める。
 公園の周囲では、朝の散歩を楽しむ人やジョギングする人がいたが、音楽の演出まで付いた珍妙なロードワークに、みな苦笑じみた視線や訝しげな視線を送ってきた。
 顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしくなり、彼らの視線から逃れるためにもエメルは懸命に走った。

「いいぞ。その調子だ!」

 二〇分後。
 汗だくになったエメルはぜいぜい言いながらようやく二キロを走りきって公園に戻ってきた。ヘロヘロになった足取りで芝生の上に倒れ込む。心臓が破裂しそうなくらい脈打っている。彼女はそのまま動けなくなった。

「この程度でバテるようじゃまだまだプロ歌手への道は遠いぞ。ほれ」

 デブオタがキャップを外してスポーツドリンクを渡そうとしたが、エメルは受け取る元気もなく、ぐんにゃり伸びてしまっている。

「ど、どうして……いきなりこんな……」
「どうしてもこうしてもあるもんか。歌うのも踊るのも体力は基本だぜ。ガンガン鍛えてやるからな。その体型もぽっちゃりからスレンダーになるまで削ってやる。楽しみにしとけ」

 自分の体型を棚に上げ、デブオタは不敵な笑みを浮かべた。無論、本気である。エメルは恐ろしくなった。
 ただ、恐ろしいといっても学校で苛められていた時や公園でリアンゼルに見つけられた時の心が冷えるような恐ろしさではない。
 それは、どこかおかしさや温かみがあって安心出来る恐ろしさだった。

「息が整ったら発声練習入るからな」
「うう……」
「大丈夫だ。いきなり最初からシゴいたりしねえから。ドゥフフフフ……」

 これって既にシゴきじゃないの! とエメルは思ったが、もちろん口に出して言い出せるはずがない。

「私、てっきり歌のレッスンスクールとかに通わされたりするとばっかり思ってました」
「そんなの入ったってお金取られるだけだ、必要ねえよ」

 そう言いながらデブオタはタブレット型PCを取り出すとスタンド型のスピーカーをセットし、エメルを画面の前に手招いた。
 何だろうとエメルが覗き込むと、そこには動画サイトが映っていた。

『では、初めて発声練習を始める人はまず姿勢をまっすぐにして下さい。気持ちを楽にして、ゆっくり深呼吸して……』

 画面の中では、トレーナーがにこやかに発声練習のレクチャーを始めている。

「今はこういう便利なチュートリアルの動画が無料で見れるんだよ。お、息が戻ってきたな。よし、身体が鈍らないうちにこいつを見ながら一緒に始めるぞ」

 デブオタに促されて、彼の横に立ったエメルは動画の指導に従って姿勢をとり、一緒に声を出し始めた。
 しかし十分後。

「エメル……」
「は、はい」
「はいじゃねえ。それで声出してるつもりかえッ!」

 デブオタの落としたカミナリに、エメルは「ひぃっ」と悲鳴を上げた。

「悲鳴までそんな小声じゃ海で溺れても誰も気が付かんぞ! ドザエモンになりたいんかッ!」
「ご、ごめんなさい」
「うむぅ、参ったな。たぶんこれが最初の難問だと想定はしてはいたが……」

 渋柿でも食べたような顔のデブオタを横に、エメルは申し訳なくて小さく縮こまるばかりだった。

(……ああ、せっかく私のために色々と準備までしてくれているのに)

 だが、どうしても大きな声が出せないのだ。
 リアンゼルは自分の声が綺麗なことに自信があるらしく大きな声で堂々と歌っていたが、エメルには自信など何もない。人に聞かれることが怖くてどうしても遠慮しいしいの小さな声しか出せないのだ。
 だが、人に聴かれるのを恐れていては歌手になどなれるはずがない。
 エメルは自分の不甲斐無さが悲しくて、泣きそうになった。
 と、そのときだった。

「あ、やべえッ!」

 渋い顔をしていたデブオタは、突然素っ頓狂な声を上げると「え?」と見上げたエメルの襟首を引っつかむや、目の前の植え込みに「とぅッ!」とダイブした。

「きゃっ!」
「しっ、声を立てるな」

 チクチクするウバメガシの小枝に身体のあちこちを突かれながら、エメルがデブオタに言われた通りじっとしていると、すぐ傍で独り言らしい声が聞こえた。

「チッ、今日はここに来ていないみたいね。アイツら一体どこにいるのかしら……」

 それがリアンゼルの声だとわかったエメルは、心臓をドキドキさせながら息を潜めた。

(絶対見つかりませんように。ああ、神様……)

 幸い、苛立ったように歩き回るリアンゼルの足音はほどなくして遠く去っていった。

「行ったか……」

 しばらくして、植え込みからガサガサとデブオタが頭だけ出して周囲をキョロキョロと見回した。

「ふー、気が付くのがもう少し遅かったら見つかるところだったぜ。あぶねえあぶねえ。もう大丈夫だぞ、エメル」

 その声に、エメルもデブオタと同じように植え込みから頭を出した。

「リアンは……」
「行った行った。アイツ気が付かないで行ってやんの。へっ、バーカバーカ」

 まるで隠れんぼでもしていたようにデブオタは舌を出したが、エメルは植え込みから頭だけ出して強がっている彼の格好がおかしくてクスクス笑い出してしまった。

「あんまり笑うなよー。声が出ないところを見られてたら今日はアイツに負けるから仕方なく隠れたんだぜ」
「あ、そうか。ごめんなさい……」
「まあいいさ。アイツを見事に出し抜いたしな。フヒヒッ」

 デブオタはガサガサと音を立てて植え込みから這い出した。
 続いてエメルが這い出すと、彼は笑いながらジャージや髪についた枝や葉っぱを払ってくれた。そうしながら、エメルをちょっと見直していた。

(笑うとかわいいじゃないか。ちゃんと声さえ出れば歌だって……)

「さ、アイツに見つかる前に人並みの声が出るようにしなきゃな」
「は、はい」

 そして、二人は発声練習を再開したが、やはりエメルの声量は小さいままでボリュームを上げられなかった。
 結局その日は発声練習から躓いてしまって、他の練習は何も出来ないまま終わってしまった。
 そしてその翌日も。

「困ったな……」

 三日目。
 さすがにデブオタは腕組みをして考え込んだ。エメルは早くも半泣きになっている。

「ごめんなさい」
「エメル、スターになるまで泣くなと言ったろう。大丈夫だ、心配するな。オレ様は日本でも失語症みたいな奴をシャウト系のパンクアイドルでデビューさせたんだぜ」

 とりあえずホラを吹いたものの、どうしたものかと、デブオタはボリボリ頭を掻いた。
 頭の中で問題をもう一度整理する。

(エメルが大きな声が出せないのは緊張と怯えのせいだ)

 彼女はずっといじめられてきたせいで、今でも安心して声を出すということが出来ないでいるのだ。
 もちろん、出来るだけリラックスさせて声を出させようともしてみたがどうしてもうまくいかない。人目が気になるし、知り合って間もないデブオタが傍で睨んでいるのだから当然といえば当然である。

 では、リラックスしなくても大声を出さなきゃいけないような状況にさせてみたら……。

(そういうのですぐ思いつくのは、薄暗い場所で誰かに襲われて助けてと叫ぶシチュエーションなんだがなぁ)

 だが、まさかエメルを本当にそんな目に遭わせる訳にはいかない。
 しかし、そこでデブオタは「待てよ?」と顎に手を当てた

(エメルじゃなくて自分が危ない目に遭って、エメルが大声を上げなきゃ回避出来ない状況にしたらどうだろう?)

 これならエメルを危険な目に遭わせずに声を出させることが出来るだろう。
 だが、その為には自分が危険に身を晒さねばならない。
 さすがに恐ろしくなって、デブオタはゴクリと唾を呑んだ。
 それでも彼女を必ずプロの歌手にしてやると約束したのは彼なのだ。それも、彼女にとって一番大切な母親に誓わせて。
 彼女は泣きながら「はい」と言ったのだ。ここで自分が逃げる訳にはいかない。

(ここはオレ様が身体を張るしかねえ。エメルのために)

 ええい、もうやってやるぜ! と、覚悟を決めたデブオタは握りコブシに力を込めた。

「エメル。ついて来な」

 何を思いついたのか、おもむろにデブオタは歩き出した。
 エメルは、彼の後ろを心配そうな顔でちょこちょことついて来る。
 そのまま公園を出て小さな道をしばらく歩くとやがて通りに出たが、デブオタは更に歩いて町のメインストリートに出た。
 そこは片側二車線で中央分離帯まであるゆったりした道路だった。交通量こそ少ないが、それだけにスピードを出して自動車が行き来している。

「よし、ここでいいか」

 そうつぶやくとデブオタは、エメルの方を向いて「今からここで発声練習の特訓を開始する」と言った。

「特訓?」
「おお、つまるところ、こういうことだ」

 言うなりデブオタは頭に巻いていた汗止めのバンダナを解いて、やにわに自分の目を塞ぐように巻いて結びつけた。

「あの……何をするんですか?」
「オレ様はこれからこのままこの横断歩道を渡る」
「ええっ!?」
「この通り目が見えないから、エメルがオレ様に聞こえるように止まれとか歩けとか右を向けとか指示してくれ。ちゃんと聞こえないとオレ様、車に轢かれてペッチャンコになるから頼むぜ」
「そ、そんな……」

 エメルは真っ青になった。

「そんな……危ないです! やめて下さい。事故になったら……」
「大丈夫だよ。エメルがオレ様に聞こえるように大声を出してくれたらいいだけだから」

 こともなげにデブオタは言うと「エメル、横断歩道って確かこっちだったよな」と目隠ししたまま指を指して歩き出し、エメルが危ないという前に電柱に激突してしまった。

「おお痛え。エメル、ちゃんと言ってくれよ」
「ご、ごめんなさい」

 イギリスの歩行者信号は日本と同じである。赤、青、黄のカラーで通行の可否を知らせる仕組みで、幸い今は青信号だった。
 ぶつけた額をさすりながらデブオタは大股で横断歩道をゆっくりと渡り始めた。

「ああ……」

 エメルが手に汗を握って見守っているうちに、信号が点滅を始めた。
 デブオタは横断歩道の安全地帯ともいうべき中央分離帯に差し掛かっていたが、信号が変わり始めたことなど分からないのでそのまま通り過ぎてゆく。

「と、止まって! そこで止まって!」

 エメルは精一杯の声で叫んだつもりだったが、それは風の音や車のエンジン音に掻き消されるほどの声量でしかなかった。
 片側二車線の道路を半分以上過ぎたデブオタに届くはずがなく、彼は相変わらずのっしのっしと歩き続けている。
 はらはらして見ているうちに歩行者信号は赤になり、幅広の道路の向こう側からスピードを出したトラックが近づいて来た。
 エメルは、必死に彼に大声で呼びかけようとして自分が彼の名前もまだ知らなかったことに気が付いた。

「あの、誰か……急いで! 走って!」

 もちろんその声も届かず、通行帯をゆっくり歩くデブオタの姿を遮るようにトラックはクラクションを盛大に鳴らして猛スピードで走り抜けてゆく。デブオタが撥ねられたように見えたエメルは思わず悲鳴を上げた。

「あ……あ……」

 よく見ると、デブオタは道路の向こう側で倒れている。
 エメルは頭の中が真っ白になってへたり込んだが、彼はむくりと起き上がった。
 トラックは彼の背後を掠めるようにして走り抜けて行ったのだった。デブオタはどうやら歩道と横断歩道の間の段差に躓いたらしい。
 起き上がって目隠しのバンダナを外すと顔面を強打して噴き出した鼻血を拭って、エメルに向かって大丈夫だというように笑顔で手を振った。

「やめて、もうやめて! 危ないから!」

 その声も届かず、デブオタは笑顔で頷くともう一度バンダナの目隠しを締めなおして手を上げた。今度はこちらへ渡って来るつもりなのだ。まだ信号は赤のままなのに。
 デブオタが歩き出そうとしているのを見て、思わずエメルは絶叫した。

「ストォォォーップ! 止まりなさい!」

 歩き出したデブオタはラジコンロボットのようにピタリと停止した。
 だが、既に道路に何歩か身体が出ている。向かい側の車線からまた自動車が近づいているのを見たエメルは血相を変えて叫んだ。
 彼の生命が懸かっているのだ。なりふりなど構っていられなかった。

「後ろに下がって! 三歩、ハリィ!」

 デブオタは言われたとおり三歩後ろへ下がった。

「ウェイト! そのまま待ちなさい!」

 信号待ちをしている通行人が必死に叫んでいるエメルを見たが、彼らの視線など今は気にしていられない。
 信号が青に変わる。エメルはさっきと変わらない大声で叫んだ。

「信号は青。渡りなさい!」

 デブオタは歩き出した。
 ゆっくり歩いているからさっきと同じで信号が変わるまでに渡り切ることは出来ない、と思ったエメルは彼が中央分離帯に差し掛かるともう一度「止まって!」と叫んでデブオタを停止させて信号が赤になり、また青になるまでそのまま待たせた。

「オーケー、信号はまた青。渡って!」

 デブオタがこちらへ戻ってくるとエメルは泣きべそをかきながら駆け寄った。彼の服を掴んで引き寄せる。
 汗びっしょりになった彼の服からは、日本のオタク特有の埃っぽい匂いがした。

「無茶して……死んじゃったのかと思ったわ!」
「おお、やっぱり危なかったのか。怖ええ怖ええ。でもちゃんと大声出たじゃねえか」
「当たり前です! 出さなきゃあなた死んでたのよ!」

 笑っているデブオタを思わず涙目で引っ叩きそうになったエメルは、彼が小刻みに震えているのに気が付いた。
 そこまでして自分のために……。
 彼を掴んでいる自分の手も震えていたが、彼女は気が付かなかった。

「よし、もう一度だ。オレ様も死にたくないからちゃんと大声で指示を出してくれ。いいな」

 デブオタは力強い声で言うとエメルの肩を叩いた。エメルは真剣な顔で頷いた。
 彼がトラックに轢かれたのかと思ったさっきの恐怖を思い起こすと、恥ずかしいなどと言っていられなかった。彼に聞こえる大声を出さなければ、死に繋がりかねない事故に晒すのだ。

「よし、じゃあ行くぜ。落ち着いてな」

 目隠しをしようとしたデブオタを「待って」と、エメルは引き止めた。

「さっき、貴方を呼ぼうとして気が付いたの。私、まだ貴方の名前を知らなかったわ。教えて下さい」
「オレは……オレ様は……」

 デブオタは困ったように笑って鼻の頭を掻いた。

「デブオタでいい。デブオタって呼んでくれよ」
「デブオタ?」
「デブのオタクだからデブオタだよ。それでいい」

 丸々としたお腹を叩いてデブオタは笑ったが、エメルが不快そうに眉をしかめたので彼は驚いた。
 いつもおどおどしているエメルが、これほどはっきりと意思を示したのを初めて見たのだ。

「イヤです。私、そんな風に貴方を呼びたくない」
「そうか?」
「デブじゃなくて……そうだわ、じゃあデイブって呼んでいい?」
「お、おお、いいとも」

 自分を蔑んだ渾名をきっぱり嫌だと言われ、デブオタはむずがゆい顔になった。

「じゃあデイブ、右を向いて下さい。信号はまだ赤です。そのまま待って」
「おう」

 声は震えていたが凛としていた。デブオタも力強く応えた。
 エメルは驚いていた。
 何だか急に自分が自分でなくなったような気がする。
 我を忘れて真剣になった瞬間、背筋がピンとなって芯の通った大声が出せたのだ。
 エメルはいくじなしだった自分の殻を自分自身が打ち破ったことにまだ気がついていなかったが、本気でやれば自分だって大きな声が出せるのだ、と胸が熱くなった。
 エメルは「デイブ、青です。渡って!」と声を張り上げた。

「この横断が終わったら、今度こそ発声練習が出来るな」

 嬉しそうにつぶやいたデブオタはふと下半身に違和感を感じてズボンに手をやり、苦笑した。

「その前にエメルにばれない様にトイレにでも寄らないとな。おしっこチビってらぁ……」


次回 第2話「デブとヘタレの二人三脚 ②」


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