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冗談、ではなく本当の話


彼と寝ることはなかった
でも
彼と寝たかった



「ここで一緒に寝るか?寝ててもいいぞ」



彼が亡くなってからもう15年近くも経つのに
いまだに思い出す。





「○○ちゃん、今日も夜の女かい?大変だね」

当時は20代前半
3交代勤務で月の3分の2は夜勤か遅番
日勤は月に7日もなかったと思う
まさに「夜の女」であった


彼は60代、肺がんで抗がん剤治療を受けていた。

既に進行、転移があり、手術による根治は望めない状態であった。
少しでも腫瘍を小さくして、進行を遅らせる。
残された日々を少しでも穏やかに過ごせるように…

治療効果は劇的にあるわけではなく
現状維持にとどまっていた。

そう長くはないことを彼も承知していた。


夜勤ではひとりで30人近くを看なければならない。
消灯までに検温に回り、薬を配り、点滴を交換し、トイレに誘導し、ナースコールに対応し…
いかに効率よくこなすか
ひとりにかけられる時間は限られる
じっくり話を聞く余裕はない

彼の部屋はステーションから離れた4人部屋
軽症者や自立されている方は大体ステーションから離れた部屋にいる
検温に回るのは重症者からなので
大体一番最後に回るようになる

その日も消灯間際になり、やっと彼の部屋を訪れた。

「また、ギリギリになってしまってごめんなさい、皆さん具合悪くないですか?」
と、部屋へ入っていくと
それぞれ既に自分で測った体温を知らせてくれる。


私は連日の夜勤で疲れていた
彼に会うのは夜ばかり
ほんと「夜の女」だ
冗談を言いながら、彼に愚痴っていた
だから「ここで寝るか?」
と言われたときも
「いいんですか?じゃあ寝てようかな〜」
なんて冗談で返した。


疲れている私を気遣っての言葉
でも本当は寂しかったんじゃないか
一緒にいてほしかったんじゃないか


彼の奥さんは既に他界されていた。息子さんがいたが、息子さんを見かけたのは一回だけだったような気がする。
もしかしたら昼間面会に来ていたのかもしれない。
私が夜勤ばかりで会う機会がなかっただけかもしれない。

息子さんは同居はしておらず、疎遠であることは何となく察しがついた。
心配をかけたくなかっただけかもしれないが、病状のこと、本当のことは話してはいなかったんじゃないか…同室の患者さんには奥さんや子供、それぞれ家族がいて面会に来ていたが、彼のもとを訪れる面会者はあまりいなかった。洗濯も自らコインランドリーを利用していたし、外泊へ行くときも、帰ってくるときもひとりだった。そんな彼の姿を見て、彼の心の内を想像して、ただ寄り添いたい、そう思っていた。


彼にとって私は看護師、ではあったが、
娘や孫みたいな存在だったのではないだろうか。

私にとって彼は患者さん、ではあったが、
父や祖父のような存在であった。


私が15歳の時、両親は離婚した。
以前より父は単身赴任で家におらず、週末には帰ってきていたが、次第に帰らなくなった。
一緒に暮らしたのは10年くらいだったと思う。
父方の実家とは折り合いがわるく、
祖父母とも疎遠であった。
母方の祖父母、特に祖父は私が女の子の初孫でもあり、大変かわいがってくれた。
祖父はよく手紙や本を送ってくれた。
大好きだった祖父は私が7歳のとき、がんで亡くなった。

私には弟が2人いるが、
長らく身近に成人男性がいない環境で育った。
そのことも影響しているのか
父や祖父のような存在をどこかで求めていたのかもしれない。


患者と看護師という関係ではない関係
親子、夫婦、友達、恋人、師弟…
様々な人間関係があるが
彼との関係は?


どう表現するのが適切なのかはわからない。
関係性を明言する必要なんてないのかもしれない。
ただ、相手を思う気持ちがあった、       
ただ、寄り添いたいと思った、
それだけで十分なのかもしれない。


ただ、いくら相手を思う気持ちがあっても
一緒に寝ることはさすがにできなかったであろう。
でもせめてあの時、話がしたかった
ベッドに二人腰掛けて話がしたかった
そうすればよかった
そうしたかったけれど
できなかった


その時は彼がその後程なくして急変、昏睡状態になり旅立つなんて思いもしなかったし、そんな兆候もなかった。

彼との会話はその時が最期になってしまった。

結局最期に彼に会ったのも夜であった。
昏睡状態の彼の顔を見つめ、彼の手にふれ、
私は最期の会話を思い出していた。

きっとこの次勤務に出たときには彼はもういない。
今日が最期だとわかっていた。


忙しさを理由に
ほんのちょっと
ちょっと一緒に話す時間を持てなかった

明日が必ず来るなんていう保証はない。
しかしそのことを意識して生きている人はほとんどいないだろう

彼に私の気持ちを伝えることはできないが、
だからこそ忘れないようにしたい
忘れてしまわないように…
そんな思いから書くに至った


いまだにあの時のことを思い出す私に
彼は何と言うだろうか


「冗談だよ、冗談。疲れていたからさ、ちょっと休んでいきなよって意味さ。まだ気にしてたのか?」

なんて彼の言葉が聞こえてきそうだ。


Uさん
15年近くも経ってしまいましたが
やっと思いをかたちにできた気がします
「〇〇ちゃんらしいな」って笑ってくれたら
嬉しいです
また、いつか
会いましょう


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