人魚サメ【創作童話】

 人魚サメは人魚姉妹の末っ子です。先祖の隔世遺伝で上半身がサメ、下半身が人魚の姿をしています。人魚たちは人間に身を隠すため深い海で暮らしていました。
 ある嵐の夜のこと。人魚サメは嵐の様子が気になり、海面に出てみました。するとそこには、気絶した人間の男の子が浮いているではありませんか。嵐で船が難破して投げ出されたのでしょう。人魚サメは男の子を助けるべく、男の子を抱えて荒れる海を必死に泳ぎました。
 ようやく海岸につき、人魚サメは男の子を砂浜に寝かせました。よく見れば男の子の顔は美しく整っており、見つめていると吸い込まれそうなほどです。人魚サメはうっとりと見惚れていましたが、人が近づく気配を感じてはっと我に返りました。「人魚は人間に姿を見られてはならない」というのが人魚のしきたりです。人魚サメは急いで岩場に隠れました。
 近づいてきた人間たちは男の子を見つけると「王子!」「王子様!」と声をかけます。人魚サメが助けた男の子は、この国の王子だったのです。王子は意識を取り戻し、「助けてくれたのは…」と呟きながらあたりを見回しています。その様子を見て、人魚サメはもう大丈夫だと安心して海へと戻りました。胸に引っかかる何かを感じながら。

 人魚の国へ戻った人魚サメですが、寝ても覚めても王子のことが頭から離れません。ほどなくして、それが恋だと気づきました。王子に会いたい、会って想いを伝えたい、人魚サメの気持ちは高鳴るばかりです。しかし、「人魚は人間に姿を見られてはならない」というしきたりがあります。悩み抜いた挙げ句、人魚サメは姉達が止めるのも聞かず海の魔女の家を訪れました。
 海の魔女は、人魚サメの話を聞き『人魚を人間に変える飲み薬』を取り出しました。
「お前の美しい声と引き換えにこの薬を渡してやってもいい。だが、王子に愛をもらうことができなければ、お前は泡となって消えてしまう。さらに、その足で歩けばナイフで抉られたような激痛が襲うぞ。それでもいいのか?」
 人魚サメは、固い意志を宿した瞳で海の魔女を見つめ、力強く頷きました。

 人魚サメが海岸の近くまで来て、魔女にもらった薬を飲み干しました。するとどうでしょう、人魚サメの下半身はみるみるサメへと変化するではありませんか。魔女が渡した薬は『上半身の性質を全身化する薬』だったのです。
 サメになったことに戸惑い出鱈目に泳ぎ回る人魚サメ。間の悪いことにその海辺へ、王子がお供を連れてやってきました。こんな姿を見せるわけにはいかない、と逃げようとする人魚サメでしたが、王子達に見つかってしまいます。すると王子は大きな声で言いました。
「助けてくれたのはあのサメだ! サメさん、ありがとう!」
 王子は人魚サメのことを覚えていて、お礼をしたくて海に来たのです。人魚サメは、恐る恐る王子のいる砂浜へ近づきます。サメの姿は怖がられるかと思いきや、男の子は強い生き物が大好き。憧れの眼差しで人魚サメを見てきます。そんな王子を見つめ返す人魚サメ。その瞬間、二人の心は通じ合いました。

 人魚サメと王子は仲良くなりました。王子は時々海辺に来ては、人魚サメと海水をかけ合ったり、背中に乗ったりして遊びます。「王子に愛をもらうことができた」扱いとなり、人魚サメは泡にならずに済みました。足で歩かないので激痛もありません。
 楽しい時間を過ごしながら人魚サメは思います。「王子はこの先いつか人間の女性と結婚するのだろう。そうしたら王子は私のことなんて忘れてしまい、私は泡になるのかもしれない」と。王子が手を振って人魚サメを呼んでいます。人魚サメは声にならない声で王子に返事をしました。「でも、今はここにいる。今のこの幸せを噛み締めていたい」その思いを胸に、人魚サメは王子とのひとときを過ごすのでした。

おわり

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