見出し画像

良いコピー予想は当たらない

3/7にグランプリの決まる宣伝会議賞。毎年ファイナリストの中から、これがグランプリだ、と予想するのですが、毎年必ず外れます。

けっこう自信を持って予想するのですが、外れます。あまりに毎年外れるので、自分の本命を敢えて外して、ダメっぽい(といってもファイナリスト)コピーを選んでみたりもするのですが、やっぱり外れる。

最近まで読んでいた脳科学の本にこんなことが書いてありました。

脳は自分が経験したことを元に、新しい事象が正しいか/正しくないか、気持ちいいか/気持ちよくないかを判断しています。

そして、自分が経験したことがある事象は、正しい、気持ちいいと感じるようにできています。逆を言うと、未知のものを前にするとまずは疑う(正しくない前提で見る)し、違和感や不安を感じる(気持ちよくない印象を受ける)ようにできています。

100人いたら100人がそれぞれ違う経験をしてきていますから、「自分自身の好き嫌いは置いておいて、世の中にとって価値のあるコピーを選ぶぞ」と思っていても、そんな選び方自体ができないようなのです。

各自の経験にもとづいた正誤/好悪の感覚からは逃れられない。私から見たら「これは良いコピーだな」と思っても、他人から見たら「これはパッとしない」ということが頻発する。

よく審査員の方が「ファイナリストまで残っているコピーはどれも素晴らしいので、最後は審査員の好みで選ぶみたいなところもある」と言いますが、あれは私は正直な感想だなと今なら思います。

実際、「私はこのコピーはそれほど推せない」と思いながらグランプリコピーを表彰してきた審査員も、きっといます。

一人の審査員の好悪ならば、過去の言動から推し量ることができますが、10人ともなると・・・。グランプリ予想が毎年必ず外れるのには、そうした背景があるのでした。

さらに言うと、正誤/好悪の度合いは、その瞬間の気分や体調や環境によっても揺らぐ(脳のしくみ自体が、揺らぎを利用しているため。詳しくは脳科学者の池谷先生の本を読んでくれ)らしいので、宣伝会議賞のファイナリストほど僅差で並んでいるものから1つ選ぶとなると、もはやサイコロ振って選んでも同じじゃないかと思う。

ということで、今年はサイコロ振って予想してみたいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?