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東北の釣り

 『FlyFisher』2016年7月号掲載 

 晦日も正月もゴールデンウィークの休みも無い僕は、例年六月に冬休みと称して五日間ほど休みを取る。目的は釣りだ。いや、釣り以外に六月に休む理由があるだろうか。いや無い。
六月は山岳渓流の雪代も落ち着き、僕のような釣りの下手な人間にも優しい季節なのである。
フライは選ばず、サイズは大きく、ポイントに投げられなくても魚から寄ってきてくれる。サービス満点の季節なのである。
 今回の旅の計画はこうだ。
休み前日、仕事を同僚に押し付けて退勤し、そのまま車で高速をぶっちぎり青森へ。
翌朝、青森で釣りをする。たぶん釣れすぎてその場を動けずそのまま五日間過ごし、尺以外は魚じゃないと言い出すくらい人格が変貌して帰宅。

以上。完璧な計画である。

念のため川の状況を知っておこうと、つり人社の『青森・秋田「いい川」渓流ヤマメ・イワナ釣り場』で目的の河川のポイントをチェック。国土地理院の二万五千分ノ一の地形図を手に入れ、そこにポイントを書き込んだ。
完璧である。
青森に着いたのは朝八時。普段なら朝イチで川に入るのだが、ここは東北青森である。魚はいる。尺もいる。あせることはない。先行者がいても気にならないくらい魚影は濃く、淵ごとに大イワナがいる青森である(と本に書いてあった)。
余裕である。
途中でいか焼きを食べに寄り道しちゃったりするのである。
そんなこんなで川についたのは十時過ぎ。
適当なところで入渓した。ここは青森である。どこでも釣れるだろう。淵ごとに大イワナである。
淵ごとにフライを投入。
釣れない。
流れ込みにフライを投入。
釣れない。
上流に移動して入渓。
フリーストーンの渓相でここならとフライを投入。
釣れない。
石の小さなポケットにも丁寧にフライを投入。
釣れない。
また移動。
そしてついに車止め。
車を降り、事前に調べたポイントまで徒歩で1時間移動。道も途切れ川に降り、そこから釣り始める。
釣れない。
フライを追う影や、川を走る魚の影すらもない。
気が付けば、ガイドブックに載っていたポイントをすでに越えていて、その先まで釣り上がる気力も失っていた。
結局青森では二つの川を歩き、釣果はヤマメ1、イワナ1であった。
川で出会ったルアーマンに状況を聞くと、「暖冬で雪代が(例年より)二週間くらいはやく終わり、先週までは良く釣れたけどもう終わりだね」という。
な、なんということだ。もう盛期は終わっていたのだ!
そしてそのルアーマンはこちらが頼んでもいないのに先週釣ったという四〇オーバーのアメマスの写真を見せてきた。僕はヨダレを垂らさないよう口元を隠しながら写真を眺めた。

もう青森は諦めて、秋田へ移動することにきめた。

秋田も釣れなかった。
結局、宮城にも寄るが釣れず、最終日に普段通っている福島県の南会津へと逃げ込んだ。
南会津は釣り人に優しい。
しかしだ。普段通っているから改めてわかったが、水量が本当に少ない。これは真夏の渇水以上の水の少なさである。

そこでふと思いついた。
いまいる場所より上にも川がある。
真夏でも流れが太いその川の対岸に支流が流れ込んでいる。しかし渡渉できるような川ではないので、いつも対岸の支流を指をくわえて眺めるだけであった。
そんな支流へ、この渇水の状況だったら渡れるのではないか?
その川岸に立つと、十分渡れる流れになっていた。あっさりと渡渉し、初めて間近でみた支流は人の踏み跡がなく、獣の足跡だけであった。
 大興奮である。だれも立ち入ってない(であろう)川を釣り上がる。そしてこの渇水という状況がまた訪れることはこの先十年無いかもしれない。つまりこの川に僕が立てるのはこの日が最初で最後かもしれないのだ。そう思うと、この支流の風景がなんとも特別なものに思えてくるである。とはいえ、魚の反応は今一歩。しかし悲観より希望が僕の中で大きくなっていた。
そして落差が大きくなった渓相で、ついにイワナがフライに出た。
時刻はすでに午後四時を周り、これからイワナの生息域に入るというところで、泣く泣く引き返すことになった。しかし、この川で釣ったイワナは、僕にとって記憶に残るイワナとなった。
砂地を見れば獣の足跡に嬉しくなり、ただただこの川に立っていることが嬉しい。東北釣行の最後の日はそんな幸せな釣りで幕を閉じたのであった。

自然を相手にする遊びは楽しさが約束されない。
しかし時として想像をはるかに超える素晴らしい体験をさせてくれる。
だからこの遊びはやめられない。

青森・秋田「いい川」渓流ヤマメ・イワナ釣り場
つり人社書籍編集部/編
つり人社 1,512円 ISBN:978-4-86447-086-5

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