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是枝裕和監督『怪物』レビュー

前評判に違わぬ期待通りの出来栄え。坂本裕二の脚本登用、功を奏し、ここしばらくマンネリ化しつつあった是枝作品世界が一気に拡大した。是枝裕和監督の代表作の一本と位置付けられるはずである。
おそらく、これまでは小津安二郎の系譜と位置付けられていたろう作風に、このたびは黒澤明を世界に知らしめた『羅生門』を想起させる時間軸の位相を巧みに絡めた実相追求のトーンが加味され、本作により是枝裕和その人が、紛れもなく日本映画の伝統を継承する映画作家であることを映画祭でのワールドプレミアを契機に全世界に強く印象づけたのではないか。その軌道を敷いた坂本裕二にカンヌが脚本賞をあたえたのは当を得た結果であったと観終わり納得した。
物語は導入部、狭小な枠内での相剋のような趣ながら、視点の入れ替えにより、進みゆくごとに深化、拡大し、ドラマ性を醸しながら収斂してゆく。タイトルの意味合いと作品の主題が終盤近くでふたりの子どもが興じるインディアンポーカー「怪物だーれだ」により説き明かされ、それにより全容が俯瞰できる仕立てとなっている。この結構が脚本賞の所以だろう。文脈にはそぐわないが、本作に坂本裕二一流の滑稽味がいくらかでも添えられ奇異なく溶解させられていれば、より無辺大のドラマになっていたのではないかと無いものねだりを承知で付言したい。
子役はもちろん出演陣いずれもが的確なキャラクターデザインを実現させ説得力豊かである。音楽担当としてクレジットされた坂本龍一は僅かに新曲を一、二曲提供して公開前に黄泉へと旅立ってしまったようだが、補完すべく用いられた既存の楽曲とともに劇版が終始胸に沁み入り、追悼の念と共に深い印象を遺している。
必見の佳品である。

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