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【用語の使い方】思考実験について

※補注である。「未来文明史論2019(3)」で使用した用語「思考実験」について。
※恩師の言葉「文学部は役に立たないよね、今は。100年、1000年も繰り返されて読まれるものを書かなくてならない。くだらない文章や出版が多すぎて、残された少ない時間で読み切れない。読む価値がある文章を書く義務もある。そのためにも、いい書き手はいい読み手なんだ。言葉も借り物を使うな、辞書を引け、自分で定義しなさい。」と、ビールを飲みながら。

▼一般的な意味は以下の通り。
「思考実験 (しこうじっけん、英 thought experiment、独 Gedankenexperiment)とは、頭の中で想像するだけの実験[1]。科学の基礎原理に反しない限りで、極度に単純・理想化された前提(例えば摩擦のない運動、収差のないレンズなど)により遂行される。」
初めての使用は、エルンスト・マッハ(オーストリアの物理学者・科学史家・哲学者、Ernst Waldfried Josef Wenzel Mach、 1838年2月18日 - 1916年2月19日)

▼参考文献について。
野家啓一『岩波哲学・思想事典』(廣松渉ほか編、岩波書店、1998年)
『100の思考実験――あなたはどこまで考えられるか』
ジュリアン・バジーニ (著), 向井和美 (翻訳)、(紀伊国屋書店、2012年)

【目次(一部)】
01 邪悪な魔物――理性で理性を疑えるだろうか?
02 自動政府――コンピュータに政治ができるだろうか?
03 好都合な銀行のエラー――誰も損をしなければ何をしてもよいか?
04 仮想浮気サービス――不倫はなぜいけないのか?
05 わたしを食べてとブタに言われたら――動物の尊厳とはなんだろう?
06 公平な不平等――不平等が許される場合とは?
07 勝者なしの場合――結果がよければ何をしてもいいのか?
08 海辺のピカソ――芸術は永遠だろうか?
09 善なる神――宗教なしの道徳は成立するのだろうか?
10 自由意志――すべてはあらかじめ決定されているのか?

100 喫茶店で暮らす人たち――わたしたちも搾取の加担者だろうか?

このほか本書に含まれる思考実験
「テセウスの船」「マリーの部屋」「中国語の部屋」「ビュリダンのロバ」「哲学的ゾンビ」「アキレスと亀のパラドックス」「ニューカムのパラドックス」「囚人のジレンマ」「抜き打ちテストのパラドックス」「砂山のパラドックス」…

★もっと分かりやすい具体例。引用文;
SF(サイエンス・フィクション)は、時に思考実験であると言われる。例えば小松左京の『日本沈没』は、「もし日本列島が沈んでしまったら、日本民族はどうなるだろう?」という着想に基づく思考実験であり、そのためには「どうやったらある程度科学的な説明のつく形で日本を沈没させることが可能か」という思考実験を重ねたものである。

つまり、実際に実験器具を用いて測定を行うことなく、ある状況で理論から導かれるはずの現象を思考のみによって演繹すること、という意である。


▼私の用法について。
 哲学や科学の用語を、今後の拙稿でも、歴史研究で使用を試みたいと思っている。
 今、眼前にある難問(水害地域で、放射物質で汚染された山林や河川をもつ地方都市。タイトル『22世紀の街づくり』)において、「もしも」まだ実現していない科学技術を想定し、また政治経済文化のハードルを越えて、歴史の理論で、あたまのなかで「実験」すること。政治家が使うアジェンダではない。
 もちろん歴史研究ではあまり使用しない。「過去を今から読み解く」という枠組みでは出来ないと思われているようだ。「過去から今へ、今から未来を読み解く、編纂する未来史」の提唱をしたいのである。

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