民主主義はファンタジー
こんなジョークがあります。
(本屋さんにて)
客「民主主義についての本はどこにありますか?政治のカテゴリーになかったのもので」
店員「ファンタジーのカテゴリーにありますよ」
選挙があるたびに、「選挙に行くべき」や「選挙に行かないのは今の政治に賛成しているのと同じ」などの言論をよく耳にします。
政治家に怒りを持つ気持ちはすごくよくわかります。
税金を引き上げたり、賃金を下げたり、最近は貧しくなってきたと感じる人が増えてきていますよね。
しかし、その解決策は「政治に期待する」「政治家を批判する」なのでしょうか?
そうしたくなる気持ちもわかりますし、大いにしてくれてもいいのですが、それをすることで自分の生活がよくなると思ってやっているのなら、ハッキリ言って時間の無駄だと僕は思います。
僕は個人的に、民主主義も投票も信じていないので、選挙に行っても行かなくてもどちらでもいいと思っています。
フランス革命やアメリカ独立戦争は、「民主主義を民衆が勝ち取った例」として学校では教えてもらったけど、僕はそれらを信じてはいません。
重要な選挙は結果が事前にしっかり決まっていると思います。
選挙は国民のお祭りでありただのガス抜き。
そう思う根拠はいろいろありますが、ここでは割愛します。
じゃあ何故、わざわざ選挙をやるのか?
それは、「民主主義がある」と設定しておくことで、国が得られるメリットはたくさんあるからです。
・独裁政権ということを表向きは隠したほうが国民が暴動を起こしにくい
・国民が自分たちで選んだ政権だから自己責任だと思ってくれる
・選挙が定期的にあることで、国民は社会に期待を持つので労働のモチベーション維持に繋がる
などの理由で「民主主義」「選挙」をかかげることは、国にも騙される側の国民にもメリットの多い洗脳方式だと言えます。
と、ここまでさんざん民主主義の存在を否定しましたが、もし、もしも仮に、、本当に民主主義が存在したとして、どうでしょうか?
多数決が世の中を良くするわけではないのは、コロナ禍で大衆に違和感を感じた反コロや反マスクや反ワクチンの皆さんならよくわかっているかと思います。
残念ながら、大衆というのは賢くないものなのです。
冒頭で民主主義はファンタジーという言い方をしましたが、もっと厳しい言い方をすると、現実逃避の道具に使われています。
「自分が不幸なのは政治のせい」という言い訳はすごく便利なのです。
自分の力で解決できることに取り組まずに、自分の怠慢や失敗を「政治」という大きなものせいにできるのは、すごく楽なわけです。
岸田総理はあなたの部屋を綺麗にはしてくれないけど、あなたにはそれができます。
河野大臣はあなたの恋人を幸せにはできないけど、あなたが恋人に「今日も素敵だね」と伝えることで、恋人は今日も幸せになります。
小池知事はあなたの収入を増やしてはくれないけど、あなたの挑戦次第であなたの収入は増えます。
本当に大切なものは何か、あなたには見えていますか?
これがわからないと、一生ファンタジーを信じて現実を見れないままの不毛な人生を歩むことになります。
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