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ポイント・ボトルメール

 弱い太陽の光を増幅するように、無数に折り重なったガラス瓶は乱反射を繰り返す。南太平洋の沖合と聞くと何故か常夏をイメージしてしまうが、南極もそれほど遠くないココは、かすかに肌寒い。
 水着に一枚羽織る程度なら震えていてもおかしくなさそうだが、足元のガラス瓶が太陽光や熱を引き留めてくれているらしい。
「心を込めて書いた文章を踏みつけているのに、オレたちを温めてくれるなんてな」
 オレたちより一足先へ行っている洋平が、その場で足元のガラス瓶を一つ持ち上げた。中の紙はどうやら印刷した物らしく、表面の印字は既に読めなくなっていた。
「別に書いた人の想いで温かい訳じゃないだろ。ただの物理現象だって」
 オレがそう答えると、「冷たい奴だな、お前は」と彼は隣の綾子へ視線を送る。綾子が苦笑いを浮かべると、洋平は詰まらなそうに瓶をその辺りへ放り投げた。
「それで、どうするんだ?」
 オレは周囲を見渡しながら洋平に尋ねた。どこを見ても、紙が入ったガラス瓶、あるいはプラスティックボトルの山だった。洋平はオレに見せびらかすように、両肩をすくめる。
「ボトルメールが堆積する場所へ流れ着いた丸腰の漂流者に、何ができる?」
 「こうなったのも、お前が原因だろう」と口から出かかったが、何とか飲み込んだ。
「誰にも届かず、読まれなかった手紙の上で死を待つだけさ」
 洋平は舞台役者でも気取っているらしい。彼の三文芝居から目を逸らすと、視線の先に、見覚えのある文字が見えた。オレはそのボトルをそっと拾い、硬いボトルの口を何とか開けた。
 二人には見えないよう、中の紙は水着の中へ仕舞い込んだ。その時、綾子が不意に「あっ」と声を上げた。慌ててそちらに目をやると、彼女は流されなかった腰のポーチから、スキューバやダイビングでも使えるペンを取り出した。オレは少しホッとして、綾子と洋平の話に加わる。
「コレで新しく手紙を書いて、流してみたら?」
 印字が消えた紙と、手紙を詰め込むボトルは幾らでもある。何故か各々一つずつ握りしめていた瓶に、順番に新たな手紙を書いて救助を待つことにしよう。
 最初に綾子が、次に洋平が、最後にオレが手紙を書いて、それぞれ違う場所から海へ流した。遠ざかっていくボトルメールを見送りながら、綾子はオレに耳打ちした。
「誰に送った手紙だったの?」
 その時の微笑みは、何故かとても恐ろしかった。


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