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男はつらいよ

男というもの つらいもの
顔で笑って
顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く


寅さん演じる渥美清さんの心に染み入るような歌声に軽快なリズムも乗って、一年ほど前、第一作を観始めてから頭の中でよく再生されてきた。


腹で泣く 腹で泣く


男というもの我慢、腹で堪えるんや、どこかしらでよく聞くフレーズではありながら、腹で泣くということを体感したことはなかった。

とにかく20代はよく怒った。

気に食わない先輩にタメ口で反論しながら勢いで手を出したり、グループでの会話で仲間外れにされたような気になって缶ビールを先輩の顔面めがけて投げつけたり、合コンの幹事を任され思うようにいかず女性に対して喚いて手を上げようとしたり。

日常生活、仕事で上手く発散できていない鬱憤がお酒の席で弾けるように爆発していき、気がつくと最後はいつも泣いている情緒不安定な感情任せのなり振りに周りからはよく心配されていた。

社会不適合者。
今、現在、期間工に辿り着いたのも感情の赴くままに流れてきたことが一因だと言える。



「顔面殴るぞ」

いつも仲良くしている年下の先輩とふざけながら作業をしている際、相手が疲れていたこともあって、不意にナイフのように鋭利な言葉が胸に刺さった。

腹の中からみるみるうちに熱いものが体内を上昇していき、腸が煮えくり返る、という言葉を実感し、今にもその蒸気が口から溢れ出そうになり、心の中で怒号、罵詈雑言が行っては来てを繰り返し、その吐け口を探していた。

年下、異性、先輩、誰彼構わず、弱いから吠える、東京での圧迫した暮らしの中で度々撒き散らしてきた。

身体全体に有り余る怒のエネルギーを持って、いつも以上に丁寧に作業をし、丁寧に呼吸をし、丁寧に歩いてみた。

エネルギーに乗せられた身体は軽快でふんわり浮くような状態になることを発見し、寡黙にただ黙々と作業に打ち込めた。

腹の中で行ったり来てはを繰り返していた感情の赴く先は、丁寧な作業、丁寧な呼吸、丁寧な足取りの中に綺麗に収まっていき、5分ほど淡々と作業を進めたのち、年下の先輩も言いすぎたことを自覚した態度で、元のレールに戻ろうと顔を引きつらせながらいつも以上に冗談を言い、ただただニッコリと笑い、彼が引き戻そうとするレールに身体を預けてみた。


顔で笑って 腹で泣く 腹で泣く


何気なく口ずさんでいた寅さんの歌が身体に染み入っていくのがわかり、寅さんの数々の名場面がありありと目に浮かんできた。

「男はつらいよ」50周年を記念し、作られた50作品目の「お帰り 寅さん」

現代軸で進む話の中で心地よく、渥美清さん演じる寅さんの回想シーンが組み込まれ、いつも何処かで寅さんが見守ってくれているような愛に溢れる作品を、去年末の公開初日に観に行っていた。

1ヶ月経った今、またあの時観た感動が心の中に蘇り、まるで映画の中さながら寅さんが近くにいるように感じに思える瞬間はこれから先もたくさんあるのだろう。

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