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【学校図書館出版賞受賞にあたって】新しい時代の「家族農業」を伝えたい  関根佳恵監修・著『家族農業が世界を変える』 

 第24回学校図書館出版賞受賞にあたって、『学校図書館』8月号(学校図書館協議会発行)に掲載された担当編集者のエッセーです。

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新しい時代の「家族農業」を伝えたい ー『家族農業が世界を変える』(かもがわ出版)

 監修・著者の関根佳恵さんとは、難しい専門用語を使わないで最先端の知見を子どもたちに伝えたいと、このシリーズを作ってきた。受賞により、学校図書館に配架するに足る書籍だと認められたことがとてもうれしい。

家族農業ってなに?

 当初、「家族農業」というワードを出して社内の企画会議に提出したとき、えっなに?いまさら家族農業? という雰囲気がただよった(ように感じた)。私はふだん、フェミニズムにかんする本を企画したり編集したりすることも多い。家族で営む農業といえば、家父長制、男尊女卑、さらにはヨメいびりの象徴的存在なんじゃないの?(と言われているようで身を縮めた)

 実のところ、タイトルにした家族農業とは、Family Farmingという英語からの翻訳語。農業だけでなく、林業・狩猟や漁業・養殖、牧畜などを含み、主に家族などの小規模な単位で、食料生産にたずさわることをいう。国連は2019年から2028年までを「家族農業の10年」と定めて、その推進に動いている。

 日本で目立つのは、大規模な企業経営の農業や、ITを駆使したスマート農業かもしれない。しかし、国際社会ではここ10年あまり、気候変動対策、SDGsなどを背景に、大きな機械を使わず、地産地消ゆえに輸送コストや環境負荷を減らし、地域コミュニティの維持にもつながる家族農業が注目されているのだ。

ビジュアル化に苦心

 シリーズ作成にあたっては、家族農業がどういう役割を果たすことができるのかを軸に、1巻「貧困・飢餓をなくす」、2巻「環境・エネルギー問題を解決する」、3巻「多様性ある社会をつくる」という構成に決めた。

 編集作業を進めるにつれ、農業というのは実に奥深く、あらゆる分野とつながっていることがわかった。体系的に理解しようと思えば、生物や化学などの理科系の知識、経済や経営などの統計に関する知識、地理や歴史などの社会科系の知識が必須となる。農業の現状を知るためには、政治動向や世の中のトレンドも知らなくてはならない。何より家族農業の先進性がわかるためには、どうしたって「生態系」や「アグロエコロジー」などの新しい言葉を理解する必要がある。

 平易な文章にするのはもちろんのこと、知識や概念をいかにビジュアル化して伝えるかに苦心する日々が続いた。写真を多用したいと思ったが、悲しいかな、そこには予算と著作権という壁がある。関根さんのアイデアに頼り、イラストレーターさんの腕にすがり、本文デザイナーさんの工夫をあてにし、さらには校正者さんにまで相談をもちかけた。

 そして、漁業、林業(国連の定義ではこれも家族農業)については、それぞれの専門家(二平章さん、佐藤宣子さん)に豊富な写真入りのコラムで補っていただいた。

 多様性をキーワードに

 先に書いたように、「家族」農業というと、日本ではどうしても家父長的な古いイメージがつきまとう。実際、「女はでしゃばるな」という雰囲気は多くの地域に残っている。女性たちが地域の祭で神輿を担がせてもらえなかったり、役場に農業経営の申請をすると「女性は妊娠、出産をするからダメ」と断られたりすることもあるという(もちろん、そうでない地域もあるので、ケースバイケースだ)。

 未来の話をするにしてはだいぶ暗い気持ちになりかけたとき、関根さんから「課題はあるけれど、これを乗り越えれば新しい家族農業の姿が見えてくる」という打ち出しにしましょう、と明るいメールがきた。「女だから(男だから)○○すべき」という価値観を抜け出し、自分(たち)らしい生き方と農業をつないでいく――そういう多様性を内包する家族農業をめざすのだと思うと、希望もわいてくる。3巻のコラムでは、上野千鶴子さんから「オンナが子どもを産み育てられる農業でないと、未来はないでしょう」との警句もいただいた。

 多様性をいうなら、農業に従事する外国人労働者の存在を忘れてはいけない。技能実習制度のもとで、労働条件や賃金などが劣悪なまま働いている人たちも多い。この分野を研究している岩佐和幸さんにもお話をうかがった(3巻コラム)。

社会の価値観の転換

 家族農業が推進されている背景には、社会の価値観の転換がある。多様性というキーワードとともに、ぜひ紹介したかったのが、食や農を共有財産(コモン)として誰もがアクセスできるものにしようというトレンドだ。新鋭経済学者の斎藤幸平さんからは、「食はコモン」というそのものズバリの指摘。斎藤さんは、一部の大企業が食と農の知識・技術を独占して金もうけする傾向に疑問を投げかける(2巻コラム)。私たちの身のまわりでも「食と農はコモン」につながる動きは広がっている。例えば、各地で取り組まれている子ども食堂は、誰もが必要とする食を通じて互いを支え合う関係づくりの場でもあるし(栗林知絵子さん、1巻コラム)、政府の基本計画にも盛り込まれた「半農半X」は、あらゆる人が農業にかかわる大切さを説いている(塩見直紀さん、3巻コラム)。

 また、農業技術の発達が、戦争技術のそれと軌を一にしてきたことはあまり知られていないだろう。農業大規模化に大きな役割を果たした化学肥料と農業用トラクターは、第一次世界大戦を機に火薬と戦車へと姿を変えた。農業史がご専門の藤原辰史さんには、歴史を語っていただきつつ、大量の電力を必要とする農業は本当に持続可能なのかという視点を提供してもらった(1巻、2巻コラム)。

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 今このときも、日本と世界のさまざまな場所で、自然との共存をはかりながら食料を生産してくださっている人たちがいる。そのおかげで私たちが生活できていることを忘れないでいたい。多くの方たちの力をあわせて作り上げたこの3巻シリーズが、さらに多くの子どもや大人たちの元に届くことを願っている。

(伊藤知代=株式会社かもがわ出版編集部)