和音はドミソ?

「何か楽器をやりたい」と思い立ってピアノやギターを始めると、だいたいどこかで「ドミソ〜、ファラド〜」或いは「Cメジャー、Aマイナ」などと和音を鳴らすことを教えられると思います。ギターだと特にFメジャーの音を指で押さえるのが難しくて挫折した人達がかなりいるとかいないとか…。

楽器をやる上で避けては通れない3和音と思われていますが、実際にはそうでもありません。なにも音楽がいわゆる西洋音楽だけではありませんから。ギターやピアノなどで西洋音楽を学ぶ上では「三和音」が現代では基礎になりますが、実は西洋音楽でさえも歴史を遡れば事情はかなり異なりました。グレゴリオ聖歌のような皆で同じ旋律を歌う「ユニゾン」の音楽もあれば、「平行オルガヌム」というある人がドから歌い始めたら完全5度上のソの音でハモる、といった歌い方があったりと、かなり多様な音の重なりがありました。

そのような歴史の紆余曲折に忘れ去られた音の重なりも含めると、必ずしもドミソのミを抜いてドとソだけ鳴らす和音も奇異なことでもなく、今は「パワーコード」と名前がつけられてポップスなどでも時々使われています。むしろ、各種民族音楽でも5度でハモるというやり方は各地にあり、日本でもお坊さんの歌う「声明(しょうみょう)」という音楽の中に5度でのハモリが瞬間的に響くことがあります。そして、日本を代表する作曲家久石譲さんは5度の和音を伴奏に使っていることがありますが、これはバグパイプの模倣かと思います。「さんぽ」の冒頭部分などに顕著ですね。

5度のハモリだけでなく、他にも三和音などの西洋的機能和声には当てはまらない、様々な音の重なりが世界の音楽にはあります。例えばドローンという、ひたすら同じ音が低音部で「ブーン」と鳴り続け、その上に旋律が乗っかるパターンのものがあります。バグパイプがそうですし、インド音楽ですとあの「ジャラーン」と鳴り響くドローンの上に歌やシタールなどの旋律が乗っかるというのがあります。インドにはドローンを鳴らす専用の楽器すらあるわけですからどれだけドローンが好きな民族なのやら、ですね。

ドローンに続いて、別な音の重ね方としてはトーン・クラスターというものがあります。これは現代音楽の用語なのですが、わかりやすく雑に言うとピアノの鍵盤を十本の指で白鍵から黒鍵までじゃ~んと弾くあの響きです。音楽室のピアノでやるとまず音楽の先生に怒られますのでやめときましょう。それはさておき、そういうトーン・クラスターまではいかないにしても、楽譜上で隣り合った音を一度に鳴らすような、音の重なりは民族音楽にもたくさんあります。日本の雅楽で使われる笙(しょう)という楽器には「合竹」という技法があり、一度に複数の音を鳴らすため、とても神秘的な響きをもたらします。西洋音楽的解釈では「不協和音」とみなされてしまうものですが、音色のせいなのかはたまた私が日本人だから故なのか、寧ろ心地よいものに聴こえてしまいます。このあたりの響きを意識したのではないかと思わせるのが、久石譲さん作曲の「もののけ姫」の前奏のところでソファドレ〜、ファ♭ミ♭シド〜と音が重なる箇所です。一度これを意識して聴き直してみると久石さんの音の響かせ方の面白さが発見できるかもしれません。

もう一つ、隣り合った音を重ねる例としてはブルガリアンポリフォニーがあります。これはブルガリアに伝わる女性による合唱法で、2度で隣り合った音を出すために不協和音となりますが、なかなかどうして神秘的な響きでとてつもなく魅力的な和音となります。私はこのブルガリアンポリフォニーをあえて「2度でハモる」と言うことがあります。それは、歌う人たちにとってはこの響きが「不協和音=濁った音」というような認識ではなくて「合っている音」だからです。

なんでもかんでも西洋音楽的な尺度で見てしまうと、その他の音楽は「不完全な」「不自然な」という評価になってしまいますから、あえてこの「2度でハモる」というへそ曲がりな言い方をしているわけです。この言い方でさえも結局は西洋音楽的な尺度ではあるのですが、こういう様々な音楽に始めて会う人のきっかけとして「一度西洋音楽の理論をぐらつかせてみる」という体験をしてもらえたらと常々考えています。

ドミソの和音に疲れたときは、ときに鍵盤ハーモニカの黒鍵の部分を5、6箇所押さえてから「ファーン」と思い切り息で吹くとなかなかやんごとなき響きとなりますのでおすすめです。たまには色々な響きを感じてのんびりと…。

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