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【ワーホリ国際恋愛体験談】⑲二択 スパニッシュイタリアンの男

☆前回までのあらすじ☆
29歳、初ワーホリでオーストラリアへ!
1年間のワーホリ期間が終りに近づき、旅に出ることに。

☆用語解説☆
・ワーホリ: ワーキングホリデービザ(若者の異文化交流を目的とした就労可能なビザ)、またはその保持者。
・バッパー: バックパッカーズホステルの略。安宿。
・オージー: オーストラリア人、又はオーストラリアの~。

※この記事はほぼノンフィクションです。誰かに迷惑が掛からないようちょっとだけフィクションを混ぜてます。

***
(本編ここから)

フェルナンドはハーフスパニッシュ、ハーフイタリアンのアーティスト。

どんなアートを生み出すのかは知らない。たぶん彼の作品の話もあれこれしていたけど、単に私には英語がうまく聞き取れなかったんだと思う。

私はアリススプリングスという、オーストラリアの真ん中にある町に居た。
世界で二番目に大きい一枚岩*、世界遺産にも登録されているウルル(英語名エアーズロック)にも近い、砂漠地帯のオアシスだ。

(*ウルルが世界一と言われることも多いが、世界一大きい一枚岩は、ウルルのおよそ2.5倍の大きさのマウント・オーガスタ。西オーストラリア州にある。)

念願のウルルも見て、その日はあらかじめ申し込んでいたアリススプリングスからアデレード行き2泊3日のバスツアー初日だった。
6:45にバッパーにバスが迎えに来るというので、5時半には起きて準備。

簡単に朝食をとろうとダイニングに入ると、やたらと濃い人に声を掛けられた。
「ジャパニーズ?」

それがフェルナンドだった。

彼はとにかく濃い。顔も、胸や腕を覆うモシャモシャも、雰囲気も、何もかも。
イメージで言えばアントニオ・バンデラスみたいな。
ジョージ・クルーニーなんて比じゃない。並みの濃さじゃない。濃厚の最上級、特濃。ギンギラギン。
それがフェルナンドだ。

50前後だったんじゃないだろうか。アジア人でない外国人は年齢が分かりづらい。
シドニーオリンピックの仕事でやって来て、そのままずっとオーストラリアに居ついているのだとか。

ちょっと話しただけで彼は日本人が大好きなんだということがよく分かった。さっきから日本人女性の名前がゴロゴロ出てくる。
日本人女性限定なのかもしれない。男性の名前は出てこなかった気がする。

「アートかぁ、絵を見たりするのは好きだな。
あと写真好きだよ!撮るのも見るのも。」

日本人の私に好意的な彼にこたえたいと思って、ざっくり話を合わせてみた。

「カメラか。君はセンスある?」
と聞かれるも、そんなの分かんない。

だけど消極的でいてはつまらないので
「ある!」
と即答してみた。

すかさず彼も、
「なぜそう思う?誰が言った?」
と被せてきた。

「私がそう思う!
というか、そう願ってる。」
私は笑いながら元気いっぱいに答えた。

フェルナンドはニッと笑って言った。

「良い答えだ。」


楽しい会話だったけれど、私はツアーバスに置いていかれるわけにはいかない。
どうしても行きたいところがあってひとりで申し込んだものだ。

「もう行かなきゃ。今日からツアーなんだ。
楽しかったよフェルナンド。
See you!」
何でもないサヨナラの挨拶のつもりで言った。

「どうやって?」

てっきりそこで「See you!」と返してくれて終ると思っていたけれど、意外な言葉が返ってきた。

「これからツアーでこの地を離れる君に、どうやってまた会える?」

'See you'はサヨナラのつもりで使いがちだけど、確かによく考えてみれば「また会おう」の意味だ。
さすがアーティスト、ひとつひとつをサラッと流してはくれない。

「君の電話番号を聞いておこう。
これならまた会える可能性がでてくる。」

'See you'と私から言ってしまった手前もあり、なるほどと思いながらとりあえず電話番号を教えた。
どうせ数週間後には日本に帰るし、使えなくなる番号だ。


急いで準備してバッパーのエントランスに出ると、一人のオージーが慌ててバッパーから出てきた。

「I'll be back!」

勢いよく彼が乗ったバスには私が申し込んだツアー会社のロゴ。
バスは猛スピードでバッパーを去って行った。

どうやらバスの運転手兼ツアーガイドも同じバッパーに泊まっていたらしく、他のホステルに宿泊していたツアー客を先に迎えに行ったようだった。
てことはこのバッパーに来るのは一番最後かな。

寝坊だろうな…。

流石オージー、彼らはいつも予想の斜め下を来る。

思いがけず空き時間が出来てしまったので、エントランスでカメラをいじって旅の画像整理をしながら待つことにした。

ひとりバスを待つ私の元へ、一台の白いバンが近づいてきた。
中はカラフルないろんな物で溢れている。
フェルナンドだった。

「またここに戻って来なさい。」
開け放した窓から彼が顔を出した。

「そしたら僕のアシスタントとして君を雇ってあげよう。
ここまでの旅費くらいは稼がせてあげるから。」

余裕のある顔で、英語の苦手な私にも分かるよう、静かにゆっくり彼は続けた。

「君のビザは残り少ないと言っていたけれど、1週間でも2週間でも居たいだけ一緒に来ると良い。
このバンであらゆるところを旅してたくさんの経験をさせてあげるから。

全ては君次第だ。」

フェルナンドの目がギラリと光った。


なんて申し出だろう…。

旅が出来て、期間は私が選べて、お金ももらえて、アーティストの働きをこの目で直に見られるって、そんなのスゴイ!

彼がどんなアートを生み出すのかも気になる。
そんな経験、これから先絶対無いに違いない!


でも私には残り少ないオーストラリア滞在で再会したい人たちが居た。

日本に戻ってまた働き出したら今のように自由な時間なんてなかなか取れないはず。
この機会を逃したらもう二度と会うことはないかもしれない。

私には彼のオファーを受ける選択肢は無かった。

「ありがとう。そのオファー、すごく嬉しいし、すごく興味がある。
だけど私はどうしても会いたい人たちが居るから、その人たちに会いに行く。
残念だけどまたここに戻ることは無いよ。」

正直に話してお断りをした。


「君は選択を誤っている。」

フェルナンドは力強く断言した。

「こんなチャンスは二度とないんだぞ。
この誘いを断るということは、他の人間同様に何もない生活に戻るということだ。」

厳しい調子で発せられる彼の言葉に、私も少し怯んでしまいそうになる。

本当に光栄なことだ。
こんな会ったばかりで英語も片言な外国人なのに!


でもね、フェルナンド。
あなた私のこと何も知らないじゃん。
私の写真だって見ようともしなかったじゃん。

ぶっちゃけジャパニーズガール目当てなだけだよね?(笑)

特濃の表情、語り口、彼の全てがちょっと面白くなってきていた。油断すると口元がニヤけてくる。

「1ヶ月経っても君が現れなければ、君のこの連絡先はゴミ箱行きだ。
覚えておきなさい。」

私の連絡先が書かれた紙きれを私に突き出し、はだけたシャツの胸ポケットに入れた。
バックミラーに掛った貝殻の飾りをジャラリと揺らし、彼はバンを発進させ荒野の向こうに消えて行った。

彼に言わせれば、私はチャンスを掴み損ねたその他大勢の側の人間と判断されただろう。
とても残念だ。

でも私は自分の身が心配なので、私の連絡先がゴミになることに一片の悔いも無い。

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