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20181116 冬の月下唇の甘いこと

冬の月下唇の甘いこと

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あなたに言っていないことは、まだまだたくさんあるからね。

「あなたのそういうところがわからない」と、時々言われる。わたしは、ひとはどんなに親密になっても、分かり合えないし、違うことがあるからこそ、お互いを尊重していけるのではないかと思っている。綺麗事だろうか。

わたしは仕事が終わって、心がざわざわして落ち着かないとき、駅前の喫茶店に行ってちょっと休憩をする。何をするわけでもない。俳句を作るようなふりをしたり、いつも読まないような週刊誌を手にとってペラペラめくってみたりしている。時々外を見つめて、ぼんやりと、何か考えているように見えて、何も考えていない。こんな時間が、わたしにはたまに必要なのだ。

「喫茶店で何してるの?仕事終わったら、さっさと帰ればいいじゃない。もしくは家に一旦帰って、それから外出したらいいんじゃないの」

とか言われるけれど、家に帰ってしまうと、リビングに流れるテレビの音声に時間を委ねられて、だらだらしてしまうのだ。わたしにとって、ぼんやりすることは非常に有益なことで、だらだらとは違う。ぼんやりには自我があって、だらだらには自我がない。自分ではない好きでもない他者に流されて、だらだらと何処かへは行きたくないのだ。そこには自我がないから困る。

「何してるの?」

何にもしてないんです、なんて言ったら、あのひと、わからない!って言って逆上してしまうから、まだ言う勇気がない。できるだけ仲良くいたいし、怒らせたくはない。電話では、できるだけ甘い会話だけ交わしていたいものだけれど、困ったもので、付き合いが長くなってくるとそういうわけにもいかない。

「俳句作ったりしています」っていうんだけど、これ、ちょっと言い訳なので、とても心苦しい。「何もしないで、ぼんやりしている」って言いたいんだけど、いつ言えるかしら。

この間のデートでは、本屋さんをぶらぶらした。なんとなく好きな本を言い合ったりしたけれど、わたしは、本当に好きな本のことは言えなかった。ばいばいして、それからこっそり本屋さんに戻って、ある本を一冊買った。

わたしの好きな世界について、恋人にどこまでも見せるか。見せるか。見せるの?見せなきゃ、だめかな。

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