10月7日は「バーコードの日」
「あ、ああああ!」
街中でそんな声がしたので近くを歩く人たちは一瞬驚き、その声がした人物に顔の角度を変え、目で追いながらも決して歩く速度と方向は変えずに移動するという、現代の人々の得意技を朝から頻発してみることができた。
そんな得意技を持たぬ私は、顔の角度を変えるのに一時止まり、目で追うのにも一時止まり、それから前勤めていた会社で「君はマルチタスクができていない」と上司に言われて、マルチタスクってなんだろう? と思いながら「すみません」と謝り、自席に戻ったらマルチタスクを検索しようと思ったけど、そのマルチタスクの言葉をもう忘れていて、Googleの検索窓にマルチとだけ打って、たぶんあなたが聞きたいのはこういうことでしょ? とGoogleが提案してくれるその言葉が「マルチーズ」だったことに笑った。というどうでもいいことを思い出した。
人々の顔の向きと目線が戻った頃、声を上げた男性は地面に這いつくばって、必死に何かを探していた。もうそのまま体操選手だったら逆立ちできるんじゃないかくらいに顔が地面に近く、お尻が突き出ていた。
私はそんな彼に「あの、大丈夫ですか?」と声を掛けた。誰も何も言ってあげない都会の空気への若干の私なりの反抗でもあった。もしかしたら彼は今日、東京に来たのかもしれない。私は東京代表選手ではないが、東京はやっぱり冷たいところと思われたくない。だから、この一瞬だけは東京代表の私が声を掛けたのだ。
泣きそうな、だけどよく見るともう泣いているのか? 的な顔で、顔を上げた彼は、一言こう言った。
「せっかくのバーコードが全部落ちでバラバラになってしまいました。せっかく徹夜で並べたのに」
そう言いながらすぐにまた逆立ちできそうな姿勢に戻った。
どうやら、彼は手に持っていたバーコードを落としてしまったらしい。これは大変だ。あんなに細く、細かいバーコードが落ちたとなると、すべて拾うのも大変だし、もしかしたら歩いて来た人に踏まれてしまうかもしれない。バーコードなんて踏まれたらひとたまりもないのに。
私は彼の横で、一緒にバーコードを拾うことにした。地面に顔を近づけると、確かに細かいバーコードが無数に落ちていた。それを丁寧に右手で広い、広げていた左手へとそっと乗せて行った。
ある程度集まると、私の左手から彼の左手へとバーコードの山は移動した。しかし、バーコードがすべて集まったとしても、それはただのコードだ。バーではない。バーにする作業はそれそれは時間がかかり、彼はまたその作業をすることになる。
「ありがとうございました。落ちたバーコードはすべて拾うことができました」
そう感謝の言葉を彼は言い、両手には山盛りのバーコードがあった。
「また、いちからバーにするの?」
「はい、時間はかかりますが、頑張ります」そう彼は言った。
10月7日は「バーコードの日」
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