8月15日は「刺身の日」

「なぁ、あそこに貼ってあるメニューってなんだろうな?」

とある港町の小さな食堂に入った二人の若者は注文するメニューを選んでいた。壁には一面いつから貼られているか分からないほど変色したメニューが並んでいる。その中の一つを見て言ったのだ。

「どれどれ? あ、あれか? あの、〇〇の刺身」

「そうそう、〇〇の刺身(時価)ってなんだろうな」

二人が話しているメニューは特に古く、肝心の何の刺身なのか〇〇の部分が消えてしまっていた。

「ご注文はどうしますか?」

厨房の入り口にかかる暖簾の中から、エプロン姿のニコニコした女将さんが出てきて聞いた。女将さんは足が悪いようでゆっくりと歩いてテーブルまで来た。暖簾の奥の厨房では、ご主人がなにやら作業をしていた。

まだ何を注文しようか迷っていた二人。いや違う、正直に言うと〇〇の刺身が気になって仕方なかったのだ。

「あのーすみません。あの〇〇の刺身って何の刺身なんですか?」

それを聞いて女将さんは「あらお客さんちょうどいいわ。つい昨日滅多に入らない新鮮なものが運よく手に入ったのよ。時価ってあるけど、安くするわよ」と言ってくれた。

それならと二人は〇〇の刺身を注文した。しばらくすると、女将さんは〇〇の刺身がのった皿を持ってきた。

「はい、お待たせ。お刺身ね」

皿の上にはきれいな薄造りの白身の刺身が並んでいた。皿が透けるほど美しく透き通った刺身を前に、二人は手を付けずにスマホで写真を撮っていた。

*****

昨日から家に戻らない娘を夜通し探していた父親と母親は疲れ切っていた。いつもなら必ず門限までに家に帰って来るのに、昨日は待てど暮らせど帰ってこなかった。事件や事故に巻き込まれたのではないか。心配でじっとしてなどいられなかった。

朝日が昇るころ、父親と母親は近くの海岸に向かっていた。朝一番に娘の友達から昨日別れたあとに海を見に行くと言っていた。と連絡があったのだ。海岸に到着すると砂浜を当てもなく探した。足が悪い母親は限界のようで、足を引きずるように歩いている。

そして、その後娘は海岸で遺体で見つかった。遺体にはなぜか大量の大きいサイズのウロコが付着していた。魚にしてはサイズが大きすぎると警察は不思議がった。

*****

「うん! うまい。噛めば噛むほど甘みがでるし、触感も最高!」

二人は夢中で〇〇の刺身を食べた。

皿は空になり、二人は大満足だった。と、そこへ足を引きずりゆっくりと歩いて女将さんが現れた。

「どうですか? お味は? おいしかったでしょう。最近では珍しく若い子が手に入ったから、主人がすぐにさばいたんですよ。本当にラッキーでしたね」

固まる二人。今……若い子って言わなかったか……。

「あの……そういえば僕たちが食べた刺身って……?」

女将さんはエプロンのポケットから、スマホを取り出しそこに映った写真を見せてくれた。
そこには漁の網にかかる美しい女性が映っていた。しかしそれは上半身の話で、下半身はウロコがびっしりと付いた魚の尾そのものだった。

人魚

女将さんは言った。

「うちの娘も若くてとっても美人だったんですよ」と。

8月15日は「刺身の日」

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