ショートショート「波」

彼は波であった。波である。粒子ではなく、純然たる波。波が彼であるのではなく、彼が波なのだ。
波であるからには、彼は触媒を必要とした。それが何なのかはまだ判明していない。わかるのは、彼が波であり、波であるならば触媒が必要であるということだけだ。
彼はその謎の触媒の中を進む。彼特有の周波数でもって。彼が通過する中には、その周波数に共振するものもあった。
その娘もその一つであった。
彼が通り過ぎる時、娘の心はその周波数に振るわされた。娘は彼に恋をした。
しかし、彼は波であり、その伝わって行くことによって彼は存在できた。
「行かないで」娘は言った。
彼は肩をすくめた。
彼の行ってしまった後にも、その余韻は残った。しかし、それは間延びした彼の存在感であり、実際の彼とは似ても似つかないものだった。
娘は彼のいないことに泣いた。泣いて泣いて、そしてついに娘は水になった。

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