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赤い服を着たサンタクロースが世の中に定着したのはある企業の戦略だったという話

こんにちは、お金が入るでかねいりです。

早いもので今年も12月になりましたね。街はクリスマスモードに。
クリスマスと言えば、サンタクロースですね。
サンタクロースと言えば、赤い服を着て白いあご髭をたくわえた陽気な老人というイメージだと思いますが、実はこれを定着させたのは、ある企業の戦略だったというお話をお伝えできればと思います。

■サンタクロースの起源とは?

サンタクロースと言えば、クリスマスプレゼント。その起源はというと、4世紀の初め頃、ローマ帝国の時代に、セント・ニコラウスというカトリックの司教がその生涯を慈善事業に尽くし、貧しい子どもたちにプレゼントを贈っていました。ニコラウスが亡くなった後、子どもの守護聖人として崇められるようになり、貧しい子どもたちにプレゼントを贈るという彼の行動がヨーロッパを中心にそのまま習慣化、発展していったのがクリスマス・プレゼントの始まりだと言われています。

では、サンタクロースの起源は?
もちろんセント・ニコラウスがモデルになっていることは間違いありません。ニコラウスの子どもたちにプレゼントを贈る習慣がヨーロッパに広まり、各国でさまざまなイメージとともに語り伝えられていきました

ニコラウス自身は、太っておらず、陽気でもなく、むしろ気性が荒く、屈強だったと言われています。その中で、ヨーロッパの古い神々の要素も加わり、その神々が白いひげを生やした男性で、空を飛ぶなど不思議な力を持っていて、それらのイメージが定着していきました。そのイメージに付け加え、祈りをささげ、良い行いをして規律を守るよう、子どもたちをしつける役割も定着していきました。

ちなみに、サンタクロースの呼び名は、オランダ語のシンタクラースから来ています。セント・ニコラウスはオランダ語でシント=ニコーラース。そこからシンタクラースとなり、その英語読みでサンタクロースとなったと言われています。

■各国によって伝わり方が変わっていく

そして、さらにそれが各国でさまざまな形に変わっていきます。

ドイツでは、サンタクロースは双子で、一人は紅白の衣装を着て良い子にプレゼントを配り、もう一人は黒と茶色の衣装を着て悪い子にお仕置きをするというもの。

イタリアでは、良い子にはサンタクロースがプレゼントやお菓子を配り、悪い子には魔女が炭を配って歩くというもの。

アイスランドでは、サンタクロースは13人妖精で、山に五千年住んでいて、12月12日から毎日ひとりずつおりてきて24日に勢揃いし、25日からひとりずつ山に戻るというもの。

オランダでは、パイプをくわえ、煙突から家の中に入ってきて、プレゼントを配って回るというもの。

現在のサンタクロースは、オランダものが近いですね。

ドイツの双子のサンタクロース(ウィキペディアより)

■さまざまなサンタクロース像が描かれた

画家たちはその姿を、サンタクロースの伝承から着想して、思い思いに描いていきます。そうした背景があり、19世紀までのサンタクロースは、服の色もまちまちで、大きさも小人から巨人まであり、さまざまな人物の姿をしていました。

1821年、『子供たちのお友達 (作者不詳)』という絵本が出版され、この絵本の中で1頭のトナカイが引くソリに乗ったサンタクロースの姿が描かれています。

1862年、週刊誌「ハーパーズ・ウィークリー」においてトーマス・ナストが丸々太ってニコニコ顔のサンタクロースを描きました。

日本に目を向けると、1874年に殿様風の姿をしたサンタクロースが描かれていたという記録があります。また、1900年に発行された子供向け教材の道徳教育の教科書にサンタクロースが登場。ただし名前は「北國の老爺 三太九郎」とされていて、表紙にはアジア人っぽい顔で頭にはフードをかぶり、革のバッグを掛け、手にはツリーを持ち、ロバがプレゼントを運んでいる姿でした。

このように1900年代前半まで、サンタクロースのイメージは定着していませんでした

■赤い服を着たサンタクロースを起用した企業とは

サンタクロースのイメージが定着していなかった当時、赤い服を着たサンタクロースに目を付けたのが、コカ・コーラ社でした。

1886年にアメリカで創業したコカ・コーラ社。無料試飲クーポンを広く配布したり、コカ・コーラをボトル詰めする販売権を多くの会社に付与するフランチャイズ方式を構築したりといった施策を取ることで、1900年にはアメリカ大陸部のほとんど全地域へ拡がっていきました

その一方で、模倣商品が乱立。その商品の数は7,000種類以上に上り、また、個人や団体からクレーム攻撃も度々受けていました。

そうした中、1930年には世界各国でコカ・コーラを発売する目的の子会社を設立。本格的な世界展開をスタートさせようとしていました

クレーム攻撃を少なくし、良いイメージを定着させるポイントは、子どもだと考えました。子どもに良い印象を与えることによって、親にも良い印象を与えることができると考えたのです。

そこで着目したのが、クリスマスに登場する赤い服を着たサンタクロースでした。これまでのサンタクロースは、服の色がさまざまだったことから、コカ・コーラの商品カラーである赤に。そして、これまでは、宗教的な要素や神話的な要素が強いものが多かったことから、コカ・コーラ社ではもっと身近な存在としてサンタクロースを描きたいと考えました

そこで、温かみのある人間的な要素を吹き込み、バラ色の頬、美しい白いあご髭、キラキラ光る瞳、笑い皺のある新しいサンタクロース像を作り上げました。

コカ・コーラ社のサンタクロースは、あるときは子どもたちを抱きかかえていたり、またあるときはそっと冷蔵庫のなかを覗いていたり、クリスマス・プレゼントを配り終えてブーツを脱ぎ捨ててアームチェアでくつろいでいたりと、人間味たっぷりのキャラクターに仕上げたのです。

1931年にクリスマス・キャンペーンで広告展開をスタート。その後、大きな身体に真っ赤な衣装をまとい、白いあご髭をたくわえた陽気で楽しいサンタクロースは、アメリカの幸福なクリスマスを象徴するキャラクターとなり、そのイメージは国境を越えて拡がっていき、世界中の人々に知られていきました

■早くから広告・宣伝戦略に目を付けた

ここまで整理してみて思ったことは、コカ・コーラ社の広告・宣伝のうまさです。全米に拡げた際の戦略や世界展開を図る戦略の肝を広告・宣伝として捉え、早い段階からそこに目をつけて動いていた点に凄みを感じます。オリンピックに目をつけて早くからスポンサーになった点も見逃せません。

それでは、良いクリスマスをお過ごしください。

※参照資料
・ナショナルジオグラフィック「サンタの歴史:聖ニコラウスが今の姿になるまで」
・コカ・コーラ社「「赤い衣装のサンタクロース」のルーツ」
・ウィキペディア「サンタクロース」

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