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村上春樹×川上未映子『春のみみずく朗読会』

『村上春樹×川上未映子 春のみみずく朗読会』に行ってきたのであります。未映子さんが登場した瞬間なんと!私はどっと涙が出てきて、それは果てしない、理由のない、根本的解決のならない、わけのわからない涙だったわけであります。なんで泣いたのか、やっぱり自分でも意味不明。私は未映子さんが書く心地のいい冷酷さ、美しい苦痛を愛しておるわけで、何度その温度感、と言いますと灼熱になったと思えばごっつ冷える、でも最後には適温になっている、そうそうあの温度。何度それに救われたことなのか。ああ分かった、私はそんな未映子さんをお目にかかれて感動したんやわ。これは感動という形容詞がついた涙なのだった。

もう記事が出てるからなにを朗読したのかはそちらを見てくれた方が詳細はよく分かるのだけれど、率直な感想として。私は未映子さんの朗読がたまげるほど頭に入ってこないのでした。電子書籍やオーディブルがもっぱら無理な私はモンゴル族も驚く原始人。でも朗読って古来から存在している、というか物語は文字がない時代の朗読から始まったという起源があるくらいアナログなのだけどね!もう、すごいの、全然物語が脳みそに染み込んでこない。その代わり懐かしいあの感じ、私は人が文章を読む声が「文字化」されて頭に入ってくるのを思い出したのだった。それはもう全ての音声が流しそうめんのように文字列として流れてくる。忙しいこっちゃでもこれしゃーない私の性質その奇才。未映子さんが「私」と読むたびに「わたし」と文字化され、「凄く」というたびに「すごく」というひらがなが空中に浮かんで見える。いろんな漢字に変換され、漢字がわざとひらがなになったり、その全てが見える。高校以来というもの他人が声を出して読む文章なんて触れたことがなかったのだけど、私はそれほんまに苦手なんやわあ。声を聞けばいいのか文字を見ればいいのかさっぱりわからないんだもの。そんな私なのだけれど、最後にはやっぱり涙が出ていた。文字と声に挟まれても大丈夫と言えるくらい、未映子さんの作品は素晴らしいものだったのだよ。

そして私は生粋のミエコ信者であり、ハルキストではないのだけれど、村上さんの朗読はものんごい、なにも文字が見えてこない。この理由は声質や読み方でしかのないだけれど、つまりのところ村上さんは読むのがおぞましいほどにうまい。一つ分かったのが、読むのがうまい人には「段落」が見えるということ。「あ、今ここで段落変わったな」っていうのが村上さんの朗読では分かった。

ところで途中で一時間ほどいびきをかく馬鹿者が現れる。あまりのうるささに周囲の人もため息をつき始めたのがありありと聞こえ、静寂の中に緊張が走ったのが感じ取れる。その間私は「私はずっと整形したいと思ってる」と友人らに言った時に、「どこ」と聞かれたことがあったのを思い出していた。私は「形を整えるという意味ではなく、性形という意味なのだよ。顔の細かい部分じゃなくて、目をおでこの位置に持って来たりね。もう嫌なんだよ、みんな目が同じところについているし、口も同じところについている。動物みんな顔のパーツが同じ部分にある、変なの。口が手の甲にあったら楽だと思わない?なんで口はここに存在しているの。そんなの許せない」と言ったら友人らは「鼻を小さくするとかの問題じゃないんだ。そもそもの動物としての造形が嫌なんだ」と笑ったのであった。「首の後ろに目が欲しいなあ。神経科学が進歩したら目を後ろにつけれたりできるんかな」と私が言うと、「何百年後の話やな」と、そこで話が終わったのだけれど、私は「今首の後ろに目がついてたら誰がいびきをかいてるか分かるのになあ。ほんで肩に触手が生えてればそいつをつまみ出して引っ叩くのになあ」と考え始め、そんなことをずっと考えていたら一つ朗読が終わっていた。とほほ。

新作の件については未公開なので、飛ばすけれど、村上さんの書く文章はやっぱりものすごい力がある。未映子さんに関しては、今回はあまり脳を殴られた感じがないかも…しれないなあ。


もう一度言うけれど私はハルキストではないし、生粋のミエコ信者なのである。昔お二人方が初めて対談をした際に「作家と読者は信用取引で成り立っている」と村上さんがおっしゃってたことがある。つまり、「今作がいまいちでも"次"を絶対に買う読者」がいるという信頼。普通なら一度がっかりしてしまえば次は読まないでおこうってなるわけだけど、信用取引が成り立っている作家と読者はそれでも「次の取り引き」がやってくる。だから私は未映子さんの作品は死ぬまで買い続けるし、村上さんはその次に。
それでもやっぱり村上春樹という作家は最高峰であり、その力強さと実力をはっきりと魅せられたのが今夜だったと感じる。私はこんなにもミエコ信者なのに、村上さんにはひれ伏すしかなかったのだよ。恐ろしい、生きる文豪とはこのことなのだね。私は今夜文章に殴られたのであった。

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