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マクラーレン650S スーパーカー西遊記 その1

マクラーレン650Sでシルクロードを走る 西安〜蘭州


 マクラーレン650Sでシルクロードを走らないかという誘いを断る理由はどこにもなかった。
 シルクロードは2006年にメルセデス・ベンツEクラスでも走ったことがあったけれども、中国内陸部の雄大な景色の中をもう一度走れると考えただけで興奮してくる。
 ましてや、クルマは最新のマクラーレン650Sだ。4月にスペインのアスカリサーキットとその周辺で乗って、その超高性能は体験済みだったが、中国でも同じように速く快適に走ることができるだろうか?
 上海で飛行機を乗り継いで、スタート地点となる古都・西安に着くと、すでにホテルでは前夜祭が行われていた。
 題して、「マクラーレン・シルクロード・ドライビングエクスペリエンス2014」。
 明日(2014年8月28日)から10日間、シルクロードを西に向かって2500km走って、敦煌を目指す。途中、西寧からはシルクロード南ルートの唐蕃古道を通り、ダ(シンニュウに大)板山を越えるルートを採ることになっている。『西遊記』で三蔵法師率いる一行も通った山越えルートだ。


 前夜祭では、多くの中国人のお金持ちに紹介された。約50万円の旅費を支払ってこのツアーに参加しているマクラーレンのオーナーおよび潜在的オーナーたちだ。彼ら彼女らの参加は、僕の野次馬根性をとても強く刺激してくれた。
「中国の金持ちが高級車やスーパーカーをバンバン買っている」
 そうした共通イメージは新聞やテレビで報じられているし、実際に北京や上海などを訪れた時に眼にしたこともある。
 しかし、そういったリッチピープルがどういった人たちで、何を考えているのかまでは知らない。
 マクラーレンを買ったり、これから買おうという大金持ちなのだから、きっとクルマだって何台も持っているはずだ。
 ならば、他にどんなクルマを持っているのだろうか。クルマの好みは? 仕事は何を?
 知りたいこと、聞きたいことはたくさんあった。
 ツアーは、途中、中国の歴史を代表するような遺跡や自然などを訪れながら、旅そのものを楽しめるようになっている。
 そのために国家資格を持った観光ガイドを複数名随行させ、医師まで同伴するという。F1グランプリで戦いぶりや、650SやかつてのF1ロードカーなどに見られるマクラーレンの用意周到ぶりはこの旅にもよく表われていた。

 翌日、西安の安達門内で出発セレモニーを行い、高速道路で320km先の天水市を目指した。
 高速道路は片側4車線もの立派なもので、見通しも舗装も良くとても走りやすい。しかし、日本とは較べものにならないくらい大きなトラックがたくさん走っていて、それらが互いに追い越し合っているから、こちらもそれに合わせるような形で頻繁に追い越しを行わなければならず、忙しいこと忙しいこと。
 おまけに、中国のドライバー、特に公用車が多いと聞いたアウディやフォルクスワーゲンのブラックやネイビー、シルバーのセダンに乗っているドライバたちは追い越し車線に居座って、後ろからこちらが近付いていっても、気付かないのか気付いてもその気がないのか、まず道を譲らない。
 日本も同じ、と言ってしまえばそれまでなのだけれども、居座りのヒドさは日本以上だ。仕方がないので、走行車線を使って追い越しをする。
 そうした時に、650Sは0-100km/h加速3.0秒という韋駄天の本領を発揮する。
 3.8リッターV8ツインターボチャージドエンジンの回転が2000回転以下で、ツインクラッチ式トランスミッションはトップ7速に入っていたとする。 
 ステアリングホイール裏のパドルで1段ないし2段ギアを落としてやると、エンジン回転は3000回転に跳ね上がり、その瞬間にパワーとトルクを爆発させ、650Sは瞬間移動するかのような猛烈な加速を行って、遅いクルマを抜き去る。
 印象的なのは、加速は強烈なのにそれに伴う前号方向へのピッチングが皆無なことだ。左右方向のローリングも小さいが、ピッチングの小ささはそれ以上だ。独特のコンセプトによるサスペンションが効能を発揮しているのだろう。

 そもそもマクラーレンがこのツアーを実施する目的はどこにあるのだろうか。地元イギリスでもその他の国々でも初めての試みなのだという。
「ブランド認知を高めるためです。欧米や日本ではマクラーレンがスーパースポーツカーを製造して一般に販売していることは知られていますが、中国ではまだです。今年の3月にビジネスを始めたばかりだということもありますが、F1グランプリに参戦しているマクラーレンは知られていても、ロードカーのマクラーレンはほとんど知られていないのです。その認知を高めなければなりません」(マクラーレン・アジアパシフィックCEO、ミルコ・ボルディガ氏)。
 中国進出後、マクラーレンのディーラーの数は現在9拠点。2015年初頭にはそれを12拠点に増やすことが決定している。
 限定375台生産のトップモデル「P1」も、中国へ割り当てられた40台は発表と同時に売り切れたというから、中国の高級車購入パワーには驚かされてしまう。それでも、認知が足りないと言うのだから、もっとポテンシャルを秘めたマーケットだということなのだろう。
 自動車メーカーがいくら魅力溢れるクルマを造ったとしても、顧客にそれが伝わらなければ買ってもらえない。
 だから、最近の自動車メーカーは「ブランドの認知を高めなければならない」といって、あの手この手で宣伝を繰り返してくる。
 従来通りに、新聞やテレビCMを用いる場合もあれば、インターネットに独自サイトを構築したり、フェイスブックなどのSNSを通じて発信することもある。
「SNSはとても大切です。若い人にアピールするのにSNSは大きな役割を果たします」(ボルディガ氏)
 日本で言うとちょうど「LINE」のような「WeChat」というチャットアプリが中国では一般的で、このツアーでもグループを作って参加者同士がチャットや画像をアップできるように準備されていた。
 マクラーレンによるオフィシャル画像やプレスリリースもそこに上げられるから、それをシェアしたりしながら参加者たちはグループ内だけに止まらずに、自分のチャットや画像を拡散することができる。そこがまさにボルディガ氏の狙いとするところで、参加者がチャットを楽しむことが自然とマクラーレンのブランド認知を向上させていくことに連結していく。

 マクラーレンに限らず、最近のヨーロッパの自動車メーカーが盛んに行っているのが、こうした潜在顧客向けの自社製品を使ったドライブツアーだ。僕も何度か同行取材し、記事を執筆してきた。
 自社のクルマを検討している潜在顧客を集め、新車を運転させて、さまざまなところを巡るツアーを主催する。参加者は費用を支払い、ドライブ旅行そのものを楽しむと同時に、新車を心いくまで運転することができる。
 自動車メーカーは旅で儲けるわけではなく、潜在顧客に自社のクルマで貴重な体験をしてもらうことで、その体験の記憶を購買につなげてもらいたい。
 ポルシェはそのために「ポルシェ・トラベルクラブ」という専門の別会社まで設立し、毎年立派なカタログを発行している。
 短いとシュツットガルトからライン川を巡って星付きレストランでランチをいただいて夕方には帰ってくるという半日コースから、スペインの遺跡を巡る5日間やフィンランドでの氷上ドライビングレッスン、チュニジアのサハラ砂漠横断一週間などといった大規模なものまで揃っている。
 同様の試みは各社行っており、「体験マーケティング」という用語も一般化しているほどだ。
 西安から天水の間の混んだ高速道路を走り切り、暗くなる頃に天水市のホテルに到着した。山の中に忽然と出現したリゾートホテルだ。敷地は広く建物も立派。
「アニキ!」
 テイさんという天津で不動産業を営んでいる参加者が夕飯の席で笑顔で話し掛けてきた。テイさんは昔の俳優の高品 格に似ている。テイさんは英語を話さないけれども、「アニキ」という日本語だけは知っている。
 テイさん夫妻は台湾出身だから昔の日本映画からでも憶えたのだろうか。夏目雅子似の奥さんは英語に堪能なので、通訳してもらって話した。
 テイさんはマクラーレンSLRとMP4/12Cの2台のマクラーレンをすでに持っている。特注のパールホワイトのランボルギーニ・アヴェンタドールも納車されたばかりだし、フェラーリ599も持っている。
 大きな自宅の画像などと一緒にスマートフォンに収めてあるクルマの画像をたくさん見せてくれた。
 人の善さを絵に描いたような笑顔で、これ以降も僕を見付けると「アニキ!」と言って、グラスを近付けてくる。
 テイさんは、ボルディガ氏をはじめとするマクラーレンの幹部を捕まえると、いつも「P1-GTRを買えないだろうか?」と真剣に頼み込んでいた。
 P1-GTRはサーキット走行に特化したバージョンアップが施されたP1の特別版で、25台だけが限定生産されることが発表されたばかりだ。しかし、購入するのにはP1オーナーでなければならず、そのP1はすでにソールドアウト。
 いちど購入した人から譲ってもらうか、購入権利を譲ってもらうしか方法はない。日本で3000万円弱の650Sが中国では約8000万円するから、日本で約1億円のP1は3億円近くなる。限定生産だからプレミアム価格が付いて、テイさんはもっと支払わなければならないだろう。そんなことは百も承知の上でテイさんは乾杯を繰り返している。明日は近くの麦積山の仏教石窟を見学してから、次の目的地蘭州に向かう。


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